笑顔で農業のやりがいを話す太良町のアスパラ農家・安東浩太郎さん、美由紀さん夫妻=佐賀市のJONAIスクエア

 幕末佐賀の藩校・弘道館をイメージした県の事業「弘道館2」の11時間目が3月、佐賀市城内の「JONAI SQUARE」であった。講師を務めたのは太良町でアスパラガス農家を営む安東浩太郎さん(39)、美由紀さん(38)夫妻。農園「A-noker(ええのうかー)」を経営し、注文から納品まで半年待ちという人気のアスパラガスを育てる夫妻が「負けず嫌い」をテーマに自らの魅力を最大限に引き出す生き方を伝授した。講義の模様を詳報する。

 

【講義】勝つためにどうすべきか

就農7年目、海外で技術指導も

 会場には33人の受講者、観覧者が集まった。拍手で迎えられた安東夫妻は、アスパラガスを模した傘「アスパラ傘」を持って現れた。
 安東夫妻のアスパラガスはインターネット販売では半年待ち。博多駅のフレンチ料理店では3万円、5万円のコース料理に使われるほか、東京都のミシュラン一つ星レストランの一流シェフからも声が掛かる。
 さらに、海外で農業の技術指導も始めた。日本と季節が真逆であるオーストラリアへ日本の技術を伝え、栽培した農作物を逆輸入しようとする政策で、安東夫妻に白羽の矢が立った。
 就農5年目に口コミなどで知られるようになったという。脱サラして農業の道を歩み始めて今年で7年目。若手農家の活躍に、受講者も目を輝かせた。


勝つ道を探す

 福岡県北九州市出身の浩太郎さん。中学時代は野球部だったが、足が速かったため陸上部の顧問から誘われた。直後の大会で優勝したことをきっかけに陸上を始め、高校でも陸上部に所属した。
 陸上と一言でいっても多くの競技がある。長距離や短距離などは選手層が厚く、勝つのは簡単ではなかった。“負けず嫌い”な浩太郎さんは勝つ道を探した。
 その時に出合ったのが三段跳び。足の速さだけではなく、技術力も求められる競技の面白さを知った。地区大会での優勝や九州大会3位など上位の成績を収めた。

 

美由紀さん、太良との出会い

 大阪市にある不動産会社の同僚だった2人。一般的な不動産とは少し異なり、転勤で空いた家を借り受けて管理したり、転勤してくる人へ貸し出したりする事業を展開。同業他社にない“ニッチ”な部分を切り口にした事業で、2人は勝つためのビジネスプランを身につけた。
 初めて太良町を訪れたのは9年前。太良町出身の美由紀さんの実家へのあいさつに2人で訪れた。「豊かな自然に衝撃を受けた」と浩太郎さんは子どものように目を輝かせた。それ以降、太良への移住願望は日に日に大きくなった。
 一方、美由紀さんは高校時代「佐賀は何が楽しいんだろう。早く佐賀を出たい」と思っていたといい、目を輝かせる夫の姿に「太良っていい町なのかな」とふるさとの魅力に気づいたという。


農業への一歩を踏み出す

 太良町を好きになったとはいえ、脱サラして就農する生活には不安もあり、すぐには移住を決めきれなかった。それでも、都会より自然豊かな場所で子どもを育てたいという思いや、農業に関する雑誌やテレビ番組が増えてきたという実感から、農業への一歩を踏み出した。
 農業未経験の浩太郎さんは吉野ヶ里町の農業法人に勤め始めて米や麦、キャベツを作った。農業の基礎は身についたが「妻や子どもを養うには厳しい」と2年で切り上げて独立を決めた。太良町での農業を本格的に考え始めた。


耕作放棄地を有効活用

 太良町で何ができるのか。浩太郎さんは広い平地を借りるため役場へ行ったが「海と山ばかりで、広い土地はない」と断られた。農業経験が少ない安東夫妻には信頼がなかったため、農地を貸してくれる人もいなかった。太良町での農業への道は険しかった。
 浩太郎さんは1年間、団体職員の契約社員として働いた。けがや病気をした農家の代わりに農業を手伝う仕事をした。農家との交流も増え「頑張ってるね」と声を掛けられるようになり、ついに農地を借りられることになった。
 太良町の農家の約7割はミカン生産者で、平均年齢は67・8歳。高齢化と後継者不足が問題視され、耕作放棄地は増えていく。空き家を有効活用していた不動産業の経験から、耕作放棄地の活用方法はないものかと頭をひねらせた。
 平地がほとんどない太良町。借りた農地も、山を平地にして農地を作った。燃料費や大きな機械が必要なく、狭い畑でも土壌などを上手に管理すれば、10~20年育つアスパラガス。太良町の土地柄や労力を考え、アスパラガスを育てることにした。


農業に必要なのはデータ

 「これからの農業で大事なものはデータ。強みになる」と考え、それまでの常識を覆した栽培方法でアスパラガスを育て始めた。
 「年に1回しか技術が学べない」という農家の話に違和感を持った安東夫妻。植栽から栽培、収穫まで1年サイクルでは一つの技術しか身につかないのが“常識”だった。
 「本当にそうなのか」。広さに限りがある農地に長さが異なるハウスを9棟建てた。安東夫妻は、ハウス1棟ごとに作り方を変えてみた。肥料の量や種類などを1棟ごとに変えて実験。1年で9通りの技術を試し、9年分を1年で経験できた。
 “負けず嫌い”を強みに「勝つためにどうすべきか」を突き詰めた結果が、成功への鍵となった。

 

【ワークショップ】「わくわくする道」探す

安藤さん夫妻が育てたアスパラが受講生に振る舞われた

 休憩時間にふるまわれたアスパラガスで胃袋を満たした受講者は、強みや弱みなどを自己分析し、自身を表す方程式を考えた。
 性格が対照的な安東夫妻は、けんかはするが互いに補い合う関係で、物事を決めるときは“わくわくする道”を探すという。分母には生活している太良を置いた。美由紀さんは「目線を佐賀、日本、世界、宇宙と分母によってわくわく(する気持ち)が変わる。その中で自分たちがどう生きたいかを見つけていく」と説明した。
 2人はそれぞれの机をアドバイスしながら回った。「勝てる場所を探してほしい」(浩太郎さん)「私は0を1にはできない。自分の立場を理解して(夫を)支えている。目指したいものは何?」(美由紀さん)。安東夫妻のアドバイスを基に、受講者は筆を走らせた。
 数人が発表し「最高に楽しい私の人生の方程式」「幸せな私になるための方程式」など個性が光る思いが飛び出した。
 最後に発表した女子大生が「私の方程式」と題した式には「県外で公務員になる」と、新しい環境で就職する不安や将来の理想像が盛り込まれた。
 「県外で就職するので、今回が最後の弘道館2になる」と切り出した女子大生は、今と未来の自分を表した二つの方程式を紹介。失敗した経験を前向きに捉え、就職先では「人の気持ちが分かるサポーターになりたい」と話し、県民のために働ける公務員を目指すことを誓った。
 発表を聞いた浩太郎さんは「正直、前に出てきて発表すると思わなかった。自分なりに考えてここまで方程式を導き出していてすばらしい」。美由紀さんは「不安に思うことは経験した人じゃないと分からない。人の気持ちが分かる職員になれる。新天地で頑張って」とエールを送った。

 
 

 

 

Q&A

Q.浩太郎さんの夢を実現するために美由紀さんが取り組んだこと。

 美由紀 (浩太郎さんの提案を)最初は頭ごなしに「無理」と言っていた。そのうちに「なぜそうなのか」と夫婦で話し合うようになった。
 「こうだったらわくわくしない?」と自然にプレゼンテーションするようになった。“楽しそう”と2人が合致したことは事業化してものになっている。(私は)夢を実現するために事例や経済面を調べる。始める前に言葉をぶつけて思いをぶつけることで、失敗しても文句を言わない。


Q.経験値を乗り越えて新たなものを考えるには。

 浩太郎 経験をもとにはしない。どの道が近道なのかを考えていない。できないだろうなと思う時は、やってくれそうな人を捕まえる。他業種とネットワークをもつことが経験を上回る。


Q.誰もやったことがないことをすると、周りから非難もあると思うが…。

 浩太郎 「成功するわけない」と言われてきた。その時には「信じてやっている、成功して見返してやる」と思ってやってきた。新しいことを始めれば一番になる可能性がある。(と思えば)何を言われても前向きに笑顔でありがとうと言える。


Q.三日坊主にならない工夫は。

 美由紀 なぜやりたいのかを議論する。互いの考えが言えるまで議論して、周りに公言すると周りが見ているので辞められない状況になる。でも、嫌にならないのは「絶対やるぞ」という強い気持ちや楽しい気持ちがあるから。だから、人も巻き込めるし公言もできる。


Q.モチベーションにしている人。

 浩太郎 目標はいない。ご先祖様には感謝をしている。
 美由紀 すばらしい人、すごい人はいるが、この人になりたいと思う人はいない。その人の人生を追いかけるのではないかと思う。私たちは私たちでいい。そんな感じで(自分らしく)成長できればいいな。

 

参加者感想

◆佐賀農業高校2年 足立友凜さん(17)
「父に勧められて参加した。農業で知らないことも多く、前向きに仕事に取り組む姿勢が勉強になった。佐賀大学農学部に進学して、海外と日本の農業の違いを調べていきたい」

◆佐賀大学4年 河野航平さん(23)
「方程式を作るワークショップに初めて取り組んで楽しかった。世の中を面白く変えられるエンジニアになるのが夢。夫婦で夢を見ていて、1人ではできないことも誰かと補ってかなえられることが印象に残った」
(学年は取材当時)


佐賀弁でメッセージ

自分の作った方程式ば、ちゃんと信じて前向きに生きてくんしゃい。

 

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◆弘道館2とは◆ 県内の高校生や大学生らを対象に夢や可能性を広げるきっかけをつくろうと、県が2017年から実施している人材育成事業。さまざまな分野で活躍する県内ゆかりの講師を招いて開いている。コーディネーターは電通の倉成英俊さん=佐賀市出身。問い合わせは事務局、電話0952(40)8820。

 

【動画】

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