近代日本を代表する洋画家、岡田三郎助(1869~1939年)=佐賀市出身=のアトリエが、東京・渋谷の恵比寿から佐賀市の県立美術館の敷地へ移されて1年がたった。

 岡田のアトリエは洋風の木造建築で、1908(明治41)年ごろに建てられた。「色彩の画家」「美人画の岡田」と呼ばれた巨匠が、数々の名作を生み出した拠点だ。完全な形で現存するアトリエとしては国内で最も古い。このアトリエの周辺には岡田を慕う画家たちが集まり「渋谷の絵かき村」とも呼ばれていた。

 岡田の死後、アトリエは親友の画家辻永(つじひさし)(1884~1974年)=広島県生まれ=が引き継いだ。辻の死後も守り続けていた辻の遺族が寄付を申し出て、佐賀への移築が決まった。

 それだけに、アトリエの保存状態は良好で、室内には岡田が実際にデッサンに使用した石こう像やストーブが、当時のままに残されている。

 移築後のアトリエは開放されており、見学は自由。この1年で4万人近い来館者があった。「岡田と女性画家たち」などの企画展やイベントが相次ぎ、現在は岡田と辻の友情にちなんで、2人が好んで描いた花にスポットを当てる記念展「岡田三郎助の花物語―万花描く辻永とともに」を開いている(5月6日まで)。

 この快調なスタートダッシュを、2年目以降に結びつけられるかが、これからの課題だ。

 岡田アトリエの魅力は、近代絵画の巨匠の息づかいに触れながら見学できることにとどまらない。美術史の観点からは非常に貴重な施設にもかかわらず、保存一辺倒ではなく、広く一般市民へ有料で貸し出している。これまでに、新進の女性画家が公開制作に用いたり、生け花展が開かれたりしてきた。

 教育者としての岡田は、東京美術学校(現在の東京芸術大学)で若い画家たちの指導に当たり、近代絵画の普及に努めた。特に女性の美術教育において先進的な取り組みを行い、大正時代には、女性のための美術教育の場として自ら主宰する「女子洋画研究所」を立ち上げ、アトリエに隣接する形で増築している。ここからは絵本作家のいわさきちひろをはじめ、日本の女性画家の草分けとなった有馬三斗枝、甲斐仁代ら、そうそうたる顔ぶれが並ぶ。

 こうした経緯を踏まえれば、現在のオープンな使い方もまた、岡田の精神にかなうものだろう。

 地元に芸術文化を根付かせるという観点からも、このアトリエを県民の共有財産と位置づけ、広く開放していくという姿勢は評価したい。

 ただ、年間4万人にも及ぶ来場者が、木造建築物にとっては負担になるという指摘もある。オープンに活用する一方で、いかに良好な状態を保つかが、将来的な課題になりそうだ。

 今年は岡田の生誕150年、没後80年の節目に当たる。日本の近代絵画の礎を築いた岡田の足跡は、そのまま日本の芸術・文化史をひもとく手がかりにもなる。佐賀の地で生まれ変わった岡田アトリエが、芸術・文化の新たな拠点として根付くよう期待したい。(古賀史生)

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