西洋からもたらされた青色顔料「プルシアンブルー」。これを日本で初めて使ったのは、江戸中期の画家伊藤若冲(じゃくちゅう)(1716―1800)だそうだ。若冲といえば、緻密な線描と極彩色の作品で知られるだけに、鮮烈な青をいち早く取り入れたことは想像に難くない◆その江戸期のプルシアンブルーが現存しているのは、日本では武雄市だけと聞くと、とても誇らしい。現在、福島県立美術館で開催中の「東日本大震災復興祈念 伊藤若冲展」(5月6日まで)で若冲と武雄のつながりを示す資料として展示されている◆プルシアンブルーは、プロイセン王国のベルリンで初めて合成されたことから、その名がついた。こうした顔料などの多くは洋学導入に熱心だった佐賀藩武雄領の領主鍋島茂義によって収集された。武雄鍋島家に伝来するプルシアンブルーは国の重要文化財にも指定されている◆若冲は晩年、天明の大火(1788年)で焼け野原になった故郷京都を目の当たりにした。このため、彼の芸術には復興への思いが託されているという。同展が東日本大震災復興祈念を銘打っているのはそのためだ◆象などの動物や植物を自由な筆遣いとユーモラスな表現で描いた若冲芸術。生命のエネルギーを伝えるプルシアンブルーと彼が作品に込めた思いを、武雄の縁とともに感じ取りたい。(丸)

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