江戸時代、対馬藩の飛び地だった田代領(現在の鳥栖市東部と基山町)で副代官として善政を敷いた賀島兵介かしまひょうすけ(1645~97年)のことを、地元の長崎県対馬市の子どもたちに「もっと知ってほしい」とその生涯を漫画化した。

 賀島は田代から対馬に戻った後、藩政の不正をただそうとして反対派に失脚させられる。家禄没収の上、流罪先で亡くなった。こうしたことから、その功績を知る対馬市民はほとんどいなかったという。

 2000年、鳥栖市民劇団が「炎の人 賀島兵介」を上演すると知り、賀島の子孫や対馬ロータリークラブの仲間らと鳥栖市を訪問した。以来、「賀島が取り持つ縁」で両市の交流が盛んになり、子どもたちの相互訪問に発展している。

 福岡から対馬へ必要な生活物資を運ぶ海運会社を経営する傍ら、対馬の歴史・文化の顕彰活動に半生をささげてきた。朝鮮通信使に光を当てようとNPO法人朝鮮通信使縁地連絡協議会を結成し、17年のユネスコ「世界の記憶」登録に導いた。市民劇団「漁火いさりび」を立ち上げ、韓国・釜山や東京などを巡り、一昨年は鳥栖市で初上演した。

 自身の父は、13代賀島家当主のいとこに当たるという縁もある。「この40年近くは対馬、そして賀島兵介と共に生きてきました」。対馬市在住。

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