「災」は、古くは「水」「戦い」「火」によるわざわいをそれぞれ区別した文字で書いていたが、のちに一つの字ですべてのわざわいを表すようになった。「平成」は日本では戦争のような「戦い」はなかったが、「水」そして「火」の猛威は今も人々の暮らしに大きな影響を与えている◆福岡県の東峰村で1週間前に見た光景がまさにそうだった。この辺りは2年前の7月、記録的な豪雨に見舞われた。流木や土砂が堆積した河川、えぐられた山肌。いまだ「水」による被害の爪痕が生々しく残る。川岸に積まれた黒いシートの土のうや何台もの大型重機が復旧に相当の時間がかかることを物語っていた◆そして「火」。平成は雲仙普賢岳の大噴火で始まったといっても過言ではない。きのうパリ・ノートルダム寺院が燃え上がるさまを見ても、なすすべのない惨事の怖さを思った◆この日はちょうど熊本地震の本震発生から3年。本紙は「夜に明かりがともっているのはうちだけ。寂しいもんです」と居住家屋の大半が全半壊した地区の住民の声を伝えていたが、依然1万6千人以上が仮住まいのままだ◆「災害は忘れたころにやってくる」といわれたが、現在は忘れる間がないほど。その惨禍を思い知らされた「平成」はあと2週間。つらい経験から何を学び、次代に伝えるべきか考える時だ。(丸)

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