5選を果たし、支持者とバンザイする桑原允彦(中央)、右は征子夫人=平成18年4月、鹿島市

 任期満了に伴う鹿島市長選が投開票され、現職の桑原允彦氏=当時(60)=が新人で前市議会副議長の中西裕司氏=同(58)=を2609票差で破り、5選を果たした。九州新幹線長崎ルートの着工問題が最大の争点となり、桑原氏は前提となるJR長崎線の経営分離反対を訴えて当選した。

 政府は2004(平成16)年に長崎ルートについて「地元調整が整った場合に着工」と条件付きで予算を組み、翌年度の着工を目指した。鹿島市と杵島郡江北町は不同意を堅持していた。

 桑原市長は1991(平成3)年に経営分離問題が浮上して以来、反対運動の先頭に立ってきた。選挙戦では従来通り、長崎線存続と新幹線建設反対の訴えを展開。選挙結果は市民の根強い新幹線不要論を浮き彫りにした。

 建設に理解を示す中西氏は自民県連の推薦を追い風に、県との協調姿勢を打ち出したが及ばなかった。投票率は72・38%。

 07(平成19)年12月、並行在来線を経営分離せず、JRが引き続き運行(新幹線開業後20年間。その後23年間に変更)することで、佐賀、長崎両県とJR九州が合意した。鹿島市など沿線市町の同意を不要とする前例のない手法だった。翌年、国が同ルートの着工を認可すると、桑原市長は反対運動の旗を降ろした。(新元号まであと15日)

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