弥生中期の集落跡

現在の南のムラ広場

 吉野ヶ里遺跡は、先土器時代から中世・近世にかけての複合遺跡ですが、その中でも最も注目されるのはやはり弥生時代で、約700年における集落の変遷と圧倒的な甕棺カメかん墓地です。

 現在、復元されている環壕集落は弥生時代の中で最も栄えた後期後半(3世紀)の姿で、この時代は邪馬台国・卑弥呼の時代として有名です。魏志倭人伝に記述された卑弥呼の住んだ所にあったという「宮室・楼観・城柵」を思わせる遺構の発見をはじめ、戦いを想像させる大きく複雑な環壕、赤や紫に染められた絹、鉄の矢じりの使用など、倭人伝に関係しそうなさまざまな内容が、来園されるお客さまの興味をそそります。しかも、集落の規模の大きさに皆さん驚かれます。

 しかし、建物の復元がされていない場所にも、集落が眠っていることを知っている方は少なく、例えば現在「南のムラ」と呼んでいる集落の一番南のエリア中央の広場には、弥生中期の住居跡や貯蔵穴跡が多数発見されています。発掘当時と現在の風景を重ねるとよく分かります。吉野ヶ里を歩くとき、足の下に眠る見えない集落の姿を想像するのも楽しいですよ。(吉野ケ里ガイド・福田幸夫)

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