もう、30年ほど前だろうか、山奥のやぶだらけの田んぼで草刈りする作業員の取材へ、あぜのマムシを振り払って行った。この春、農政の担当になり、懐かしく思い出した。

 駆け出しのころ、エリアの富士町(当時)で農協が中山間地の水田作業を受託する会社を立ち上げた。増え始めた耕作放棄田を何とかしようという先駆的な取り組みで、連載記事を書いた。水田は農山村の核。それが荒れるということは、地域社会の崩壊につながるという危機意識があった。

 引き受けるのは、条件の悪い水田ばかり。「経済的に厳し過ぎる」という当方の追及に、今にして思えば大変な炯眼(けいがん)だが、当時の組合長は「いずれ、人々が環境の大切さに気づき、お金を払う日が来る」と語っていた。

 水量調整、生態系の保持、景観や国土保全…。水田の多面的な機能が評価されたのは、ずっと後になってからだ。今では、中山間地の農地への直接支払制度もできた。

 それでも、1次産業の現場は、当時よりさらに深刻なようだ。取材先の各分野で「担い手不足」とため息が出る。人口減の中で、要は弱い部分から、地域が疲弊しているのだろう。この課題の解決に少しでもお役に立てるよう、各地へ出かけたい。蛇足だが、マムシもいとわずに。

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