おかしな話だが、寝つけない夜、不意にぐらっと揺れたような感覚に襲われることがある。なんだ自分の心拍か、と気づいてほっとする。記憶が、どこかで消え残っているのだろうか。あすで熊本地震の「前震」から3年になる◆大災害のたび巡ってくる節目の日は、次代へ教訓を記憶する大切な意味がある。一方で、被災者が傷を癒やすには「災害を忘れる」ことも一理あると、評論家でジャーナリストの武田徹さんは言う◆熊本地震の犠牲者は公式には計273人。地震による直接的な死者より、その後の避難生活などでの「関連死」が218人と圧倒的だ。熊本県の昨年の集計では、「地震のショック、余震への恐怖」が原因の4割超というから、被災者が負った傷跡の深さを改めて思う◆統計はあくまで行政が認定した数にすぎない。身近な愛する人を亡くした遺族の中には、たとえそれが持病によるものだとしても、「あの日さえなかったなら」と、割り切れない悔恨から抜け出せない人もいるだろう。忘れられないことを抱えて生きる苦難が、被災地を今なお覆っている◆政治の世界には「震災復興以上に大事」なものがあるようで、そう言い放った人はあっという間に更迭され、「なかったこと」になる。災厄の記憶を、もう忘れてもいい人と、決して忘れてはならない人がいる。(桑)

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