佐賀新聞の終面に、テレビ欄が本格的に登場したのは昭和33(1958)年12月。皇太子妃に美智子さまが決定した翌月で、戦後史的にいえば、世は「ミッチー・ブーム」に沸き、ご成婚パレードの中継をひと目見ようと、テレビが一般に普及し始める。天皇・皇后両陛下の歩みは、お茶の間で皇室が身近な話題になるプロセスそのものである◆当時広まったプロポーズ秘話に、「柳やなぎ行ごう李り一つで来てください」という言葉がある。民間から皇室に入る不安を抱えた美智子さまに、電話で「あなた以外は何もいらない」と庶民っぽく説得されたというのは、いかにもお茶の間受けする逸話である。しかし、陛下は後に「このようなことは私は一言も口にしませんでした」と記者会見で否定された◆嫁姑しゅうとめの確執に後継ぎ問題、子どもが落ち着いたら今度は孫の結婚…世間は俗世の悩みを、ブラウン管の向こう側に都合よく重ねてしまう。「象徴」として、理想の家族像を築く労苦は想像もつかない◆きのう両陛下は結婚60年の「ダイヤモンド婚」を迎えられた。「常に私と歩みを共にし、私の考えを理解し、私の立場と務めを支えてきてくれました」。昨年12月、陛下が述べられた皇后さまへの感謝の言葉を思い返す。決して平たんではなかった歳月は、宝石のように固くまぶしい絆を結んだ。(桑)

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