頌徳碑に玉串を捧げる比田勝尚喜対馬市長=鳥栖市の安生寺

 江戸時代に対馬藩田代領(現在の基山町と鳥栖市田代・基里地区)で副代官として善政を敷いた賀島兵介かしまひょうすけをたたえる「賀島祭」が9日、同市田代本町の太田山安生寺あんしょうじ(中原順導住職)であった。

 賀島の命日である4月9日に毎年開いている。賀島兵介は江戸前期の1675~85年の約10年間の任期中、貧困や飢餓に苦しむ領民に米を分け与え、堤防や河川工事など治水を進めて領民を救った。

 1794年、遺徳を後世に伝えようと、領民代表の庄屋11人が寺境内に頌徳しょうとく碑を建てた。以降、中断を挟みながらも賀島祭が続けられている。

 神事には基山町、鳥栖市と長崎県対馬市などから約60人が出席。小高い丘の上に建つ碑の前で執り行われた。祭主の松田一也基山町長は「ここはちょうど140年前までの273年間、対馬領だった。対馬のおかげでいろんなものが根付いた。私たちも賀島公の考え方、政治家としての清潔さなどを学び、さらに交流を深めたい」と語った。

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