さほど才能もなく、かといって汗を流して努力しようともしない人間が、なぜ武士に生まれただけで社会を支配できるのか―。江戸末期の1840(天保11)年に生まれた渋沢栄一は当時の世の中の矛盾に強烈な疑問を持っていたという◆7歳で中国の『論語』を読んでいた彼の心にあったのが、「智」「情」「意」を持って才能を発揮する人物が向上できる新しい社会をつくらねばならないという理想だった。経済活動に倫理的な価値観を導入し、後に「日本資本主義の父」と呼ばれた◆500もの会社を興したが、財閥は形成しなかった。「富」について彼が残した言葉がある。「富というものは、それを独り占めしようとすると永続しない」「しかし、大勢の民衆の一人一人の富の永続性を構築できうれば、一つ一つの事業、そして地域社会や国の発展につながる」(『渋沢栄一100の訓言』)◆米国の経営学者ドラッカーが「世界のだれよりも早く、経営の本質は『責任』にほかならないということを見抜いていた」と渋沢を絶賛したといわれる。きのう発表された新1万円札の図案に挙げられた◆新時代「令和」の紙幣。佐賀県民にとっては大隈重信の名前がなかったのは残念。ただ、紙幣の裏に唐津出身の辰野金吾が設計した東京駅が採用されたのはせめてもの救いといえようか。(丸)

このエントリーをはてなブックマークに追加