船底宮

 鳥栖市役所の北方に宿町はある。古くから田園に囲まれた村であった。そこに「船底宮」はある。田園の中で船底とは何だろうと疑問を持った。筑後川支流である轟木川がそばを流れているが、舟が通るような水量はない。

 資料によると、水の神であった四阿屋(あずまや)神社から昔、勧請されたもので、車社会の現代からは想像できないほどの舟の利用があったようだ。水量も多く荷物運搬には舟を使った方が便利であったものと思われる。そこには働く人々のさまざまな問題もあり、交通安全を願い祈りを捧げる神社が必要になったのだろう。伝統芸能ドンキャンキャンも継承されている。神社の維持は大変である。補修、日々の清掃、祭りなど集団の努力が必要である。創建当時の人々の生活や願い、いわれを知り、大切にしていきたいものである。(参考資料・鳥栖市誌生活民俗編 絵・文=水田哲夫・鳥栖市本町)

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