開館から26年目を迎える県立名護屋城博物館=唐津市鎮西町

 私事で恐縮ですが、県立名護屋城博物館に初めて赴任したのは2003年4月、世は米国のイラク侵攻で騒然としている最中でした。文禄・慶長の役に際し、秀吉の命により朝鮮半島に侵攻した兵力は、この時の米・英等有志連合の兵力約14万人にほぼ匹敵します。

 17ヘクタールに及ぶ名護屋城跡の壮大な規模とともに、秀吉の権力のすさまじさを実感し、あらためて戦争遺跡として名護屋城跡や140カ所以上の陣跡群を後世に伝えていかなくてはとの思いを強くしたことを思い出します。

 私自身は考古学を専門とし、弥生時代から古墳時代にかけての日韓交流には関心を持っていましたが、近世城郭であり、交流の対極ともいえる名護屋城跡にある博物館への赴任は正直、晴天の霹靂へきれきでした。しかし今日まで3回にわたり、8年以上勤務することとなりました。

 日韓交流については、1993年の開館以来、日本唯一の「日本列島と朝鮮半島の交流史」をメインテーマとする公立博物館として、すでに多くの実績を重ねていました。

 そして2013年、2度目の赴任時に地元に肥前名護屋城歴史ツーリズム協議会が設立され、地域の方々が名護屋城跡並びに陣跡群を地域活性化の貴重な資産として認識し、積極的に活動されるようになったことが大きな転機となりました。

 博物館も呼応して「バーチャル名護屋城」アプリなどを開発し城跡・陣跡見学の楽しみを提供するなど新しい試みに挑戦しています。

 官と民、佐賀県と唐津市、そして研究と活用。連携の動きは今後ますます盛んになることでしょう。(佐賀県立名護屋城博物館長・蒲原宏行)

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