鳥栖市の旭中を退職したころの陶山聰さん=1964年ごろ、家族提供

 音楽教育と作曲活動に心血を注いだ鳥栖市出身の陶山聰(すやまさとし)さん(1907―99年)が亡くなって20周年の今年、教え子や親交のあった人たちが「これからも歌い継いでほしい」との願いを込めて、「陶山聰顕彰会」を設立した。生涯で作曲した校歌、社歌、童謡、歌曲などは3千曲以上。設立を記念し、30日午前10時半からJR新鳥栖駅構内に置かれたピアノを使ってミニコンサートを開く。

 幸津(さいつ)町生まれ。28年に佐賀師範学校を卒業後、鳥栖市、三養基郡の小中学校を中心に音楽教諭を務めながら、県内外の校歌や応援歌、保・幼稚園の園歌、企業の社歌などの作曲を中心に、曲作りに励んだ。県内中学校の校歌の3分の1は陶山さんが作詞作曲したという。

 鳥栖中で合奏部を創設したり、鳥栖市民管弦楽団を発足させるなど、後進を育てた。特攻隊悲話で知られるフッペルのピアノ購入時には、福岡市のピアノ展示場で十数台のピアノを弾き選定したという。87歳で市民栄誉賞を受賞し、92歳で亡くなった。

 教え子や親交のあった人が高齢となり、次第に陶山さんの歌が歌われなくなったり、陶山さんが作ったことが忘れられていたりする現状がある。昨年11月、陶山さんの家族や親交のあった人たちが集まった際、「市民の記憶が薄れていくのはさみしい」との声が上がり、2月に10人で顕彰会を発足させた。

 会長の山下正剛(せいごう)さん(63)は薫陶を受けた一人で、陶山さんからピアノの指導を受けた縁で音楽教諭となり、熊本県内の小中学校で教えた。「佐賀県の音楽教育の発展向上に貢献された功績を顕彰し、作品を文化遺産として後世に継承したい」と話している。

 ミニコンサートでは陶山さんの代表作「九千部の」独唱、来場者も参加しての「とりんすとりんす鳥栖の町」合唱、そして「月光の曲バラード」独唱を披露、駅利用者にも楽しんでもらう。顕彰会への問い合わせは同事務局、電話090(9795)4382。

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