句会で指導を続ける田邊虹志さん=唐津市志道公民館

 観光客が四季折々の唐津を詠む城下町「からつ」俳句コンクールの入賞作品が今年も決まった。選者は日本伝統俳句協会評議員で、90歳になる田邊虹志(こうし)さん=本名・公志、佐賀県唐津市和多田用尺。旧制唐津中学校卒業後、東京で10年間、バンド奏者生活を送り、帰郷。唐津観光俳句協会長として、外国語観光ガイドの草分けとして、ふるさと唐津の半世紀余を見つめてきた。

 田邊さんと俳句の出合いは「家族俳句会」。父で開業医の虹城さん(本名・熊喜)が句誌「ホトトギス」同人だったため、幼い頃から俳句に親しんだ。小学6年の時、雑誌の幼年俳壇に投稿した「ニコニコと坊やはいだす初節句」が入選。俳句をよりどころとするきっかけとなった。

 その一方で、英語との付き合いも長い。開戦前夜、米国から帰国した同級生が話す英語と先生の発音が違うことに気づき、戦後、駐留軍将校の通訳に応募。ネーティブスピーカーの米語を学び、その流れでジャズに傾倒。1953年、サクソフォン奏者を志して上京し、ビッグバンドのテストに合格した。NHK紅白歌合戦に毎年出演し、歌手の淡谷のり子さんや植木等さんらと親交を深めた。

 63年の帰郷後、唐津シーサイドホテルに勤務しながら、国際観光振興会のボランティアガイド佐賀県登録第1号となり、民間通訳団体「唐津ボランティアガイド」初代会長として設立に尽力。今日のインバウンド客受け入れの下地を築いてきた。

 最近は「ガイドをするにも足腰が弱くなって」と、活動は俳句が主となり、市内で四つの句会を主宰する。ただ、今年の俳句コンクールには中国、韓国、フランス人が投句。俳句と外国語という、田邊さんの世界が一つに結実した格好だ。

 語学力を強みに、今も国内外、旅行に出かける。各地を回って思うのは「人情に触れる喜び」だ。「城は全国にあるし、うまいものもそう。くんちのような祭りも各地にある。そうしたものをそいでいくと、旅の魅力は、土地の温かさ、人間のハートに行き着く」。人生の旅を続けてきた人の至言である。

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