白壁が格調高い風格を出している

屋敷を囲む石垣

 多久市東多久町の古賀宿から松瀬を過ぎると道は右に大きく湾曲し、両子(ふたご)山の雄岳、雌岳の東麓を通って、裏納所から小城市牛津町砥川へと続いています。この湾曲した道に沿って形成された集落から納所に来ると、その背後に急峻(きゅうしゅん)な両子山がそびえています。前には牛津川が流れ、東には牛尾山の小丘陵。両子山はこの付近で南側に一番突き出た山系で、山頂に登れば佐賀平野が広がり、はるか東方に耳納山地や南方には有明海を眺望することができます。

 納所の起源は丹邱邑誌に「秋田宮内大輔豊定(紀州の人)、肥前の守護ト也、納所の住ス」とあり、この地方が納所と呼称されるようになったといわれています。このことは平安時代中期以降と考えられます。

 眞島家は周辺の山々に囲まれた小高い丘陵地に建っています。家の周囲に石垣を積み重ねた塀をつくり、その塀は一家を保護するものであり、家屋の品位を示すものとして大きな魅力を持っています。石積みの上に瓦を漆喰(しっくい)で張り付け、白壁と石垣の調和が周辺の環境に溶け込んでいます。

 建物は広大な庭の南面にして建ち、主屋の中央に玄関を付け格調高い風格を見せます。この玄関は入り母屋造りで、上方が膨らんだ破風が用いられています。

 晩秋に訪れた際には、庭にはナンテンの実がたわわに実り、裏山には柿が真っ赤に色づき、まるで桃源郷の世界に吸い込まれるようでした。(北原學)

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