走攻守に高い能力を誇り、日本のプロ野球と米大リーグで数々の記録を打ち立てたイチロー選手が引退した。オリックス在籍時代は阪神大震災に見舞われた神戸の市民を勇気づけ、海を渡ってからは日米両国のファンを魅了し、若者と子どもに夢を届けた。

 最後の試合は、米本土での開幕に先立って東京で開催された大リーグ公式戦、所属するマリナーズの対アスレチックス戦だった。昨年5月に球団の会長付特別補佐となり、今春のキャンプで選手に復帰していた。

 イチロー選手の日米両球界への貢献をたたえ、同時に球団としての感謝の気持ちを表すには、どのような舞台を用意するのが適当か。マリナーズは、引退の花道についてひそかに計画を練っていたのかもしれない。

 その試合直後「同じ日本人として誇らしい」と、感想を話したファンがいた。多くの国民が恐らく同じ気持ちだろう。

 そのような感情は、イチロー選手が大リーグのシーズン最多安打の新記録を作ったこと、さらに日米通算の安打数で大リーグ通算安打記録を上回ったこと以上に、日々の野球に取り組む姿勢と努力を思い出して、湧いてくるものではないか。

 イチロー選手には、細部にこだわりながら技を研ぎ澄ます職人の誇りが感じられた。

 球場には誰よりも早く到着し、入念な準備運動に時間を費やした。肩を中心に関節の可動範囲を広げ、納得してからグラウンドに飛び出す毎日だった。

 やってやるぞ、との強い意志を目に宿して打席に入り、早いカウントからバットを振った。積極性が持ち味だった。一方、四球を選べば、バットを優しく丁寧に置いてから、一塁ベースに向かった。

 動きがしなやかで美しいことについて、見ている側がそのように感じることは自分にとって重要だと語っていたという。

 野球ではチームメートとわいわいがやがや陽気に交遊するタイプと、一人静かな時間を持つことを好むタイプに二分される。イチロー選手は典型的な後者だった。

 自分の時間を確立し、時計よりも正確だと言われた。試合への準備の手順とタイミングについて「機械のようだと言われる。これはうれしい」と話していた。

 小さな調整を繰り返し、それを積み重ねた。単純な反復練習をいとわない粘り強さこそ、活躍の源だった。

 走攻守全ての技術に細やかな神経を使い「一つのことに特別な才能があるわけではないから、バランス良くなければいけない」とも言った。

 そのような心構えと実行力は、野球に限らずあらゆるスポーツ、もっと言えばあらゆるプロフェッショナルに共通する美徳に違いない。

 そのことをよく理解し、大きな敬意を抱いていたからこそ、マリナーズは昨年、6年ぶりの復帰を実現させ、会長付特別補佐としてチームに帯同させたのだろう。

 イチロー選手と練習を共にし、一緒に汗を流すことで、特に若手選手がプロの美徳を身に付けることをマリナーズ球団は期待したに違いない。同時にチームとしての規律を高めようとの思惑ではなかったか。

 イチロー選手ほどプロの美徳を体現した選手はかつていただろうか。まさにプロ魂の塊だった。(共同通信・竹内浩)

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