初めて確認された「初期鍋島」の裏文様。細かく描き込まれているのは珍しいという

物原の跡を掘ると大量の陶片が出土した=伊万里市の大川内山

 伊万里市教育委員会は、大川内山の国史跡「大川内鍋島窯跡」にある日峯社下(にっぽうしゃした)窯跡の本年度発掘調査で、将軍家などに贈る鍋島焼の初期の陶片約80点を新たに確認した。これまでの研究では知られていない文様も見つかった。24日に現地説明会を開く。

 日峯社下窯は1650年代後半~60年代に築かれた登り窯で、全長52メートルの傾斜地に15の焼成室が並ぶ。鍋島焼は火のめぐりが安定する中間部で焼かれたとみられ、本年度は第8室そばの物原(ものはら)(失敗品の廃棄場所)を中心に調べた。

 物原を縦4・5メートル、横1・3メートル、深さ1・2メートルにわたって掘ったところ、鍋島焼の陶片約70点が他の大量の陶片と一緒に出土した。鍋島焼は、技術やデザインが流出しないよう厳しく管理されており、今回見つかった陶片も全て細かく砕かれていた。

 また、陶片の中から、美術館や博物館の研究では把握されていない裏文様が確認された。従来の「初期鍋島」には見られなかった細かい文様が特徴で、市教委生涯学習課の船井向洋(こうよう)副課長(57)は「鍋島焼の成立過程を探る重要な手掛かりになる」と話す。

 現地説明会は24日午前10時半から1時間程度。集合場所は長春青磁陶窯工房前の空き地で、駐車場は大川内山入り口を利用する。申し込みは不要。問い合わせは市教委生涯学習課、電話0955(23)3186。

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