1907(明治40)年3月19日。この日に公布された「癩(らい)予防法ニ関スル件」。この法律が途方もないほどハンセン病患者を苦しめ、ずっと世間から隔離したのである◆どんな無慈悲な法律でも法は法。発病が分かれば村役場の衛生係が防護服で押しかけ、家の辺り一面、真っ白になるほど消毒。患者は即刻、療養所に隔離された。“民族浄化”を旗印にした強制収容。人々はいや応なく、ハンセン病は怖い病気-という恐怖心と不安を増幅させた◆療養所とは名ばかりの医療体制。患者同士の結婚は、男性には断種が施され、妊婦の堕胎も平然と行われた。この屈辱と苦痛は当事者でないと分からないだろう。戦後、世界各国では特効薬「プロミン」で完治する病気になったというのに、日本では依然として「不治の病」のまま◆1953年8月。国は“医療の権威”の意見を参考に明治の旧法とほぼ同様の「らい予防法」を成立させ、この新法でもって非情な隔離政策を続けたのである。1996年4月。やっと法律は廃止されたが、療養所の元患者たちの宿泊を拒否した「黒川温泉ホテル事件」(2003年11月)でも分かるように、ハンセン病に対する差別や偏見はなかなか消えない◆日本のハンセン病の悲劇。今から100年以上前のこの日から始まり、今もなお続いていると言っていい。(賢)

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