熊野神社にある有田焼の「楠公父子像」。顔や腕が欠けるなど破損が激しい=伊万里市大川町

 佐賀県伊万里市大川町の熊野神社にある有田焼の大作「楠公(なんこう)父子像」の破損が進み、地元で保存に向けた動きが起きている。明治時代に有田町でつくられ、東京で開かれた政府主催の内国勧業博覧会に出品した作品と同じ物だという。研究者は「有田焼の大物で人形が作られた例は珍しく、後世に残すべき貴重な文化財」と指摘する。

 父子像は、南北朝時代の武将で、明治時代には「忠臣の鑑(かがみ)」とたたえられた楠正成(まさしげ)と息子の正行(まさつら)がモデル。高さ約1メートルで、背後に「肥前國有田皿山―松尾徳助製造」と記されている。

 松尾徳助(1857~1926年)は、唐津市の高取邸や長崎県佐世保市の世界遺産・黒島天主堂の磁器タイルを制作したほか、国内外の博覧会に出品した功績を持つ。有田町歴史民俗資料館の尾崎葉子館長によると、父子像は1890(明治23)年の内国勧業博覧会に出品するため複数組制作され、出品作以外の物が熊野神社に置かれたとみられる。設置の時期と理由は分かっていない。

 境内にある像は長年風雨にさらされ破損が激しく、住民の一部から保存を呼び掛ける声が上がった。17日には地元の公民館で尾崎館長を招いて説明会を開催。文化財として何らかの形で残すよう理解と協力を求めた。

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