中国で発明された「硯(すずり)」。その読み方は平安期に編さんされた『和名類聚鈔わみょうるいじゅしょう』に「硯、訓は須美須利(すみすり)」と記されていることにさかのぼる。『源氏物語』や『枕草子』では、文中に「すみすり」を略して「すずり」とあり、平安中期ごろにはすでに「すずり」が使われていたことが分かる◆『硯の文化誌』(里文出版)から引用した。ちなみに、墨という字は「黒に土」と書く。本来はかまどの上の桟についたすすから生まれた字だそうだが、漢代のころは天然の石墨せきぼくを使っていたらしい。石墨を平らな石板の上ですりつぶし、膠水(にかわ)か漆液(うるし)を加えれば墨汁ができた。この時に用いた石板が「硯」、すりつぶす時に使う石が「研石(けんせき)」である◆吉野ケ里遺跡から久々にニュースが飛び込んできた。出土した石製品が弥生時代の硯や研石とみられるという。現在も一般に使う道具だけに身近で興味深い。文字使用の時期を考える大きな手がかりにもなりそうだ◆弥生時代の硯や研石とみられる石製品は、北部九州の遺跡を中心に相次いで確認され、その数は約40点というから驚きである。中には中原遺跡(唐津市原)の遺物もある◆佐賀は書が盛んな土地柄。弥生の硯は、古代の歴史がいまに息づいていることを感じさせる。県内の遺跡から「文字」が書かれた土器が見つかるか、期待は膨らむばかりだ。(丸)

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