佐賀西高時代の思い出を語る櫻木さん=佐賀市の佐賀城公園

 15秒という短さなのに、一度見ただけで頭に残るテレビCM。その業界で長くプロデューサーを務める櫻木光さん(50)=佐賀市出身=は、「番長」の異名を持つベテラン。だが現在も企画段階から携わり、「櫻木印」のヒット作を生み続けている。
 企業イメージを体現するテレビCMには、さまざまな制約がつきまとう。より自由で勢いのあるインターネットというプラットホームがあるにも関わらず、テレビにこだわる理由―。そこには「規制を乗り越えて作るプライド」があるという。

 櫻木さんがこれまで手掛けてきたテレビCMは車、飲料、食品など具体的な商品から、企業イメージ、サービスまで幅広い。誰もが一度は視聴し、強く印象に残っているであろう“あのCM”も手掛けたが、「どれも大っぴらにはできない」という。
 CM業界は新商品の情報なども扱うため、情報流出のリスクに敏感だ。誰がどのCMを手掛けているかを公にすることさえまれだという。「人気メーカーの新製品をあの人がCMで扱っていると漏れれば、資料を狙われる危険さえある」というシビアな事情がある。

 

■人を知っていること

 そもそもCMプロデューサーとはどんな仕事なのか。ひと言にまとめると、CM映像の作成で全工程を指揮する総責任者。依頼主と広告代理店、制作現場を橋渡しし、各所からの要望や意見をすり合わせつつ、予算や進行も管理する。作品にどこまで関わるかは人によるが、櫻木さんは企画を自ら出し、コピーやコンテ(シナリオ)を書き、起用するタレントを選定することもあるという。
 ただ、プロデューサーは映像を直接生み出すクリエイターではない。さまざまな条件の中でより良い作品にするため「スタッフが仕事をしやすい場を与えるのが仕事」(櫻木さん)。そんな立場だからこそ大事にしているものづくりの鍵は「人を知っていること」だという。
 「制作の中心を担うクリエイティブディレクターや広告代理店では考えそうにない、人材やネタを見つけてくること。あまたいるディレクターの特長を把握し、新人の情報も敏感につかみ、最適な人を連れてくる。その人がいい仕事をしてくれて有名になれば面白い」。そう話す櫻木さんの携帯電話には、約2500件の連絡先が入っているという。また「相手が忙しい時でも、声を掛けたら『やります』と言ってもらえるアドバンテージ(優位性)も重要」という。
 企画と人材の化学反応を目指す櫻木さんが重視するプロデューサーの資質は「好奇心と想像力」だという。「保守的になったらダメ。この人が面白いとか、あの人を使えたらどうなるとか、常に考える。変わった建物を見つけると写真を撮って『ロケ地に使えないか』とか考えるのも癖になっている」

■高校に比べれば楽

 櫻木さんは佐賀西高を卒業後、浪人しながら生き方に迷っていた。そんな時、立ち寄った書店で出合ったテレビCMの本が「すごく面白そうに見えた」という。当時憧れていた矢沢永吉も、テレビには出ないのにCMには出演する。「じゃ、CMやってたら会えるんじゃないか」。そんな考えで、新宿にあるプロダクションに入った。
 撮影中の細かい段取りを全て管理するプロダクションマネージャーとして働き始めた。膨大で無茶な雑務が次々と降ってくる下積み。「全く同じ形のミカンを市場で見つけて買ってくるとか、40台のエアコンを全部一人で取り外すとか…。一週間ぐらい寝られないこともあった」
 耐えられずに辞めていく仲間もいたが、櫻木さんは「高校のバスケットボール部が地獄のようで、それに比べれば楽だった」と振り返る。「(高校生当時)県内の運動部で一番きつい部だと言われていたし、勉強も県内トップの佐賀西だったことを考えれば、佐賀で一番きつい高校生だったのかも」と冗談交じりに語る。
 プロダクションマネージャーを8年務めた後、1年間は米国・ハリウッドに現地スタッフとして出張。帰国と同時にプロデューサーとしてデビューした。

■制約の中で

 最近のCM業界について、櫻木さんは制約の多さを指摘する。薬事法、放送コード(放送事業者の放送基準)、放送局の自主規制…。CMであるがゆえの「万人に好かれたい」という思いも、ある意味で制約となる。依頼主の企業は視聴者の反応に敏感で、数件の苦情で放映中止になることもあるという。
 「今は、ネット掲示板などに匿名の苦情を書いて放映中止に追い込もうとする人もいる。何でも『ダメ』が多くて『これで面白くしろと言われてもな』と感じることはよくある」と悔しさをにじませる。
 「作りにくさ」の要因は環境にもある。「昔は世の中がものを知らなかったから、面白い物を見つけてくればそれだけでCMのネタになった。でも今はみんな知ってしまっている」。地上波のテレビがさまざまな制約にあえぐ一方、インターネットテレビでは自由なコンテンツが作られている現状も、テレビの影響力を下げる悪循環を生み出している。
 そんな中でもテレビCMにこだわる理由を櫻木さんは「僕らはその規制を乗り越えて作っているプライドがある。世の中や時代のせいにするのはナンセンス」ときっぱり語る。「商品スペック(性能)を並べるだけでもCMは成立する。でもぱっと見た人が『ちょっとお店に見に行こうか』と思うような面白いことや、子どもがまねをするようなことをどう思いつくかが勝負」と自負している。

■「届いた」瞬間

 制約の厳しさやテレビの衰退を嘆くこともあるが、一方で櫻木さんは、まだどこかでテレビの力を信じてもいる。
 櫻木さんのCMに出演する男性タレントが、別の収録である離島へ行った時のこと。島にわずか8人しかいない子どもたちが、タレントの顔を見るなり、CMに出てくるフレーズを繰り返しながら追いかけてきたという。
 タレントから聞いたそのエピソードと「テレビってすげえな」という言葉。「すごくうれしかった。届いたんだな、面白がってくれたんだなという一瞬。それがやりがいになっている」と櫻木さんは力を込める。「そうやっていろいろな所で話題になったり面白がられたりすると、つい『俺がやったんだ』と言いたくなりますよね。まあ、言えないんだけど」。茶目っ気たっぷりの笑顔の奥には、さまざまな枷(かせ)さえプライドに変える、確かな自信がある。


クリエイターを目指すみなさんへ

 「面白そうにしゃべることが大事」

 テレビCM業界で「番長」のあだ名も持つ櫻木さん。人材を起用するプロデューサーとしての経験から、チームでものづくりをする上でのこつを教わった。
 櫻木さんは「うまく話を通すには、『私、いい事思いついたんで言いますよ』という態度で面白そうにしゃべることが大事。『この人と仕事したら楽しそう』と思われないと、企画も通らない」と助言する。
 そして「1回否定されたくらいで諦めないこと。自分のやりたいことはそんなに変わるものじゃないし、マーケティングして売れそうな物を作ったってしょうがない。その勝負は下りるべきじゃない」と、自分の理想とする作品のため、時としてこだわり抜く必要性も指摘した。
 故郷・佐賀の未来についてもアイデアを披露。「もっと撮影の誘致をした方がいい。大きなスタジオを作れたらハリウッドのような撮影の都になれるかも。国内では難しい撮影にも許可を出したり、補助をしたりすれば、人も集まりお金が落ちる」と提案する。
 具体的な魅力を「土地があって天気もいいから、すごく撮影しやすいはず。空港までの道路やバルーンも使えそう」と語る。「それに元旦にカノン砲をぶっ放すような所だから、騒音も問題ないはず」と冗談交じりに締めくくった。

 

 

=プロフィール= さくらぎ・ひかる

 1968年佐賀市生まれ。城南中-佐賀西高卒。CMプロデューサー。
 91年、CM製作会社ニッテンアルティ(東北新社)に入社しプロダクションマネージャー業務を担当。98年、東北新社の米国・ロサンゼルスブランチ「センテサービス」出向。2000年、プロデューサーに昇格。13年、ニッテンアルティから大手広告代理店・博報堂の制作セクション「博報堂プロダクツ」に移籍した。
 数々のテレビCMのほか、映画「世界の中心で、愛をさけぶ」などで知られる行定勲監督とタッグを組んだインターネットムービー「髪からはじまる物語」などの作品も手掛けた。クリエーター向けのサポートサイト「クリエイターズステーション」では「番長プロデューサーの世直しコラム」を12年にわたり連載している。

 

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