寮歌「紅萌ゆる丘の花」の歌詞に「通へる夢は崑崙(こんろん)の-」とある。「崑崙」とは中国古代の伝説で仙人が住むところとされている◆劇作家飯沢匡さんが終戦から5年、1950年に発表した風刺劇「崑崙山の人々」。多くの人の命が紙切れのように軽く扱われた戦争への痛烈な批判を込め“死ねない人々”を描いた喜劇。どんな劇薬を飲んでも死ねない。かくて「崑崙山」では死ねないで苦しむ人々が…◆この強烈無比の皮肉の舞台で飯沢さんは喜劇作家の地位を確立するが、この舞台から半世紀以上、目覚ましい医療の発達で人の寿命は劇的に延びた。自分らしく生きる“人生100年時代”は喜ぶべきことだが、一方、人の死においていろんな問題に直面することもある◆高度化する延命医療。その時、患者家族には過酷な決断が迫られる。「尊厳死」が論議されるのは時代の要請なのかもしれないが、日本医師会が「尊厳死」を容認する報告書を出したのは1992年春だった◆「願わくは花の下にて春死なむその如月の望月のころ」と西行法師が詠んだ最期ではないが、人間、生まれる自由はなくとも終末期の苦痛を拒否して、自身の“死にざま”を選択する自由は許されぬものなのか。先の東京・福生病院の透析治療中止の件など、人の死生観や生命倫理も複雑に絡んで実に悩ましい。(賢)

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