出版された随筆集への思いを語る草市潤さん=2010年7月、佐賀市の自宅

 北原白秋、若山牧水とともに「九州三歌人」ともいわれる中島哀浪の次男で、歌人、随筆家の草市潤さん(本名・中島正實)が昨年9月4日午前5時ごろ、老衰のため佐賀市内の高齢者施設で亡くなっていたことが13日、分かった。99歳。

 1918(大正7)年、佐賀郡久保泉村(現佐賀市)に生まれ、15歳で文芸誌に投稿を始めた。39(昭和14)年に陸軍へ入隊。終戦後は、中学教師や紙芝居屋などを経て印刷会社に就職、歌人の父とは文学的に距離を置きながらも精力的に創作活動を行った。

 57(昭和32)年からは、佐賀県内の若手歌人らとともに短歌同人誌「歴史」を発刊し、全国の歌壇にも影響を与えていった。ふるさとの風景を郷土愛とともに詠み込んだ哀浪とは対極の前衛的な作風で、短歌の新たな表現に挑んだ。

 「歴史」は27号で終刊を迎えたが、個人文芸誌「キノスノキ」(69~77年)をはじめ、歌集の発表を続けた。後年には、哀浪の再評価に力を注ぎ「中島哀浪全歌集」などを手掛けた。これらの回顧は自らの歌にも影響し、分かりやすく保守回帰的な作風に変わった。

 80年代からは随筆家としても活躍し、佐賀新聞で「厄体もない話」を連載した。佐賀弁を交えた洒脱しゃだつな文章は多くの人を魅了した。

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