市名論争で話題となった佐賀と茨城がガタリンピックでPK合戦。民間レベルの交流は深まった=平成7年4月30日、鹿島市海浜スポーツ公園

 サッカーJリーグ・鹿島アントラーズの本拠地としても知られる茨城県の旧鹿島町が旧大野村と合併し「鹿島市」を名乗ろうとしていることに対し、鹿島市議会は「双方の行政事務、地域住民の生活に多大の混乱を招く」などとして、新市名に反対することを決議した。

 鹿島町と大野村の合併協議会は新市名を「鹿島市」と決定、5月1日の発足を目指していた。しかし、自治省(現総務省)が1970(昭和45)年に出した「既存の市と同じような名称にしない」とする事務次官通達があり、鹿島市側も反発。ともに自治省に働き掛けるなど“市名論争”は全国的に注目を浴びた。

 合併協議会は合併の期日を延期。その後の協議で「鹿嶋市」とすることに決めた。鹿島市の桑原允彦市長(当時)も「ぎりぎりの譲歩案」として受け入れ、この年の9月1日、鹿嶋市が誕生した。

 激しい論争となったが、両市は以前から、全国の「かしま」と名のつく6市町村でサミットを開くなど“旧知の間柄”。論争中の4月に行われたガタリンピックには鹿島町の有志が参加して、鹿島市側と干潟の上でPK対決を行うなど民間の交流はより深まった。(新元号まであと59日)

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