国内産米が品薄のため、予定より1日早く輸入米を並べた店もあった=平成6年2月28日、佐賀市内のスーパー

 コメの不作に伴い、緊急輸入された外国産米の本格販売が県内の米穀店やスーパーで始まった。事前に国産米を買いだめしていた消費者も多く、売れ行きは今ひとつで、特にタイ米の売れ残りが目立った。

 発端は、記録的な冷夏となった1993(平成5)年の大凶作だった。全国的に長雨と日照不足が続き、稲の生育を阻害する「いもち病」の大量発生や、相次ぐ台風の襲来もあって、コメの作況指数は戦後最低水準の「74」に落ち込んだ。当時の国内の年間需要量約1千万トンに対して生産量が200万トン以上不足したため、細川内閣はコメの緊急輸入を決断した。

 翌年に販売が始まった輸入米は、味や匂い、食感などが消費者に不評だった。国産米は買いだめや売り惜しみで価格が上昇し、日本中は“平成のコメ騒動”とも呼ばれる混乱に陥った。冷夏から一転、猛暑となった94(同6)年は作況指数「109」の大豊作となり、早場米が出回るころにはコメ不足も収束に向かった。

 食生活の多様化や生活スタイルの変化でコメ離れは進み、19年産の主食用米の需要見通しは718万~726万トン。騒動を巻き起こした93年の生産量すら下回っている。(新元号まであと61日)

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