皇太子さまが59歳の誕生日に際し、宮内記者会と会見された内容の全文は次の通り。

 ―殿下が新天皇として即位されるまで残り2カ月余りとなりました。皇太子としての歩みを振り返るとともに、即位を控えた現在の心境や、新たな時代に臨む決意をお聞かせください。皇室全体では皇族の減少や高齢化が進んでいますが、殿下はどのような皇室の将来像を描かれていますか。

 今から30年前、昭和から平成の新しい御代への移り変わりを、私は、皇居の吹上御所で迎えました。深い悲しみの中に、一つの時代が終わったという感慨が、頭の中を駆け巡ったことを記憶しています。立場が変わったことを認識しつつも、最初しばらくは、「皇太子さま」と呼ばれても、何か実感が湧かなかったことを覚えています。ただ、昭和の時代から、回数は限られますが、現在の両陛下のご公務にご一緒したり、昭和62年には、私自身も昭和天皇の国事行為臨時代行を務めさせていただくなどしたことは、皇太子としての準備を進めさせていただく機会になったものとありがたく思っております。

 実際に皇太子となってからは、自分の中でもその役割に対する自覚というものがより根付いてきたように思います。特に、平成3年2月に立太子の礼を陛下に執り行っていただいたことで、その気持ちがより強くなったことを思い出します。

 皇太子としての活動を行うに当たっては、国民の幸せを願い、国民と共にありたいと思っておられる陛下をお助けすべく、皇太子として自分に何ができるかを常に考えながら、一つ一つの公務に取り組んでまいりました。私は、さまざまな行事の機会に、あるいは被災地の視察として、各地を訪問してまいりましたが、国民の中に入り、国民に少しでも寄り添うことを目指し、行く先々では多くの方々のお話を聴き、皆さんの置かれている状況や関心、皇室が国民のために何をすべきかなどについて、的確に感じ取れるように、国民と接する機会を広く持つよう心掛けてまいりました。こうしたことは、今後とも自分の活動の大きな柱として大切にしていきたいと思います。

 国際親善とそれに伴う交流活動も皇室の重要な公務の一つであると思います。これについては、これまで30カ国以上を親善訪問し、また、日本に来られた賓客や外国青年代表、国際賞受賞者等多くの外国の方とお会いする機会がありました。こうしたことが、日本と各国との友好親善の一助となったのであれば幸いです。また、これらの経験によって、自分自身も世界に対する視野を広げ、関心を深めることができたように思い、ありがたく思っております。

 平成28年8月8日の天皇陛下のお言葉以来、これから私が担うこととなる重責について、改めて思いを巡らせる機会も増えてきましたが、そのたびに、両陛下のこれまでのご苦労とご努力に感謝と尊敬の念を覚えます。また、両陛下から、さまざまな機会に、多くのお話を伺わせていただいていることも、今後公務に取り組んでいく際の大きな道しるべとなるものであり、大変ありがたいことと思っております。

 これからのことを思うと、とても厳粛な気持ちになりますが、引き続き自己研さんに努めながら、過去の天皇のなさりようを心にとどめ、国民を思い、国民のために祈るとともに、両陛下がなさっておられるように、国民に常に寄り添い、人々と共に喜び、あるいは共に悲しみながら、象徴としての務めを果たしてまいりたいと思います。また、以前も述べたとおり、私が長年携わってきました「水」問題についても、そのことを切り口に、豊かさや防災など、国民生活の安定と発展について考えを巡らせることもできると思います。日本の変化に富む豊かな国土は、同時に、自然災害、例えば台風や豪雨、津波などの影響を受けやすいことから、「水」問題への取り組みで得られた知見も、これからの務めの中で、国民生活の安定と発展を願い、また、防災・減災の重要性を考えていく上で、大切にいかしていきたいと思います。

 皇室の将来像についてのご質問については、男性皇族の割合が減り、高齢化が進んでいること、また、女性皇族は結婚により皇籍を離脱しなければならないということは、将来の皇室の在り方とも関係する問題です。ただ、制度に関わる事項については、私からこの場で言及することは控えたいと思います。

 皇室の在り方に関しては、国民と心を共にし、苦楽を共にする皇室、ということが基本であり、これは時代を超えて受け継がれてきているものだと思います。過去の天皇が歩んでこられた道と、天皇は日本国および日本国民統合の象徴であるとの日本国憲法の規定に思いを致し、国民と苦楽を共にしながら、国民の幸せを願い、象徴とはどうあるべきか、その望ましい在り方を求め続けることが大切であるとの考えは、今も変わっておりません。

 同時に、その時代時代で新しい風が吹くように、皇室の在り方もその時代時代によって変わってくるものと思います。私も、過去からさまざまなことを学び、古くからの伝統をしっかりと引き継いでいくとともに、それぞれの時代に応じて求められる皇室の在り方を追い求めていきたいと思います。

 ―天皇陛下は4月30日に退位されます。象徴としての務めを果たしてこられた天皇陛下と、支えてこられた皇后さまに、どのような思いを抱かれていますか。また、退位という形でのお代替わりについては、殿下はどのように捉えていらっしゃいますか。

 天皇陛下には、ご即位されて以来、長年にわたり、日本国憲法の天皇の規定と、歴代の天皇の歴史に思いを致され、常に国民の幸せを願い、国民に寄り添い、苦楽を共にしながら、象徴天皇としてのお務めを果たされる中で、そのあるべき姿について全身全霊をもって模索をしてこられました。また、皇后陛下には、そうした陛下のお気持ちを心から共有され、常に陛下をお支えになってこられました。そして、陛下には、そのような皇后陛下を敬愛され、両陛下でご一緒に歩みを進めてこられました。こうした両陛下のこれまでの歩みに思いを致すたびに、両陛下に対して深い感謝と敬意の念を覚えております。両陛下には、今後とも末永くお健やかにお過ごしいただけますよう、心よりお祈り申し上げます。

 また、両陛下がこの30年余り、一つ一つの行事を大切に思われ、真摯しんしにお務めに取り組んでこられるお姿を、私も、そして雅子も、間近に拝見する機会を頂いてまいりました。そのようにおそばで学ばせていただいたことの幸せを改めてかみしめるとともに、両陛下のお心遣いに感謝申し上げます。そして、そのお姿をしっかりと心に刻み、自己の研さんに励みつつ、今後とも務めに取り組んでまいりたいと思います。

 私自身について言えば、両陛下のお手元で温かい家庭において慈しみを受けながらお育ていただき、また、音楽やスポーツの楽しみを教えていただいたり、留学といった得難い経験をさせていただいたりしたことが、自分にとっても大きな糧となっていることに深く感謝をしております。

 退位という形でのお代替わりについての質問ですが、陛下のご退位については、以前もこの場でお話ししたとおり、陛下が「全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないか」とご案じになられていることに、とても心を揺さぶられましたが、そのようなお考えに至られた背景については、十分にお察し申し上げます。私としましては、こうした陛下のお考えを真摯に受け止めるとともに、常に心にとどめ、これからの務めを果たしていく考えです。

 ―ご家族についてお伺いします。雅子さまは着実に活動の幅を広げられていますが、皇后になられたあとの活動の見通しや、殿下が感じられた変化についてお聞かせください。また、春に高校3年生になられる愛子さまの今後の進路や将来の活動について、ご家族でどのような話をされていますか。

 雅子は、この1年も、体調に気を付けながら、公私にわたりできる限りの務めを果たそうと、種々の工夫を凝らしつつ一生懸命に努力を積み重ねてきております。そうした努力の結果、昨年12月の誕生日に際しての感想の中でも述べておりますとおり、活動の幅が、少しずつではありますが、着実に広がってきていることを、本人もうれしく思っておりますし、私も共にうれしく思います。

 その過程では、訪問先などで多くの方々から笑顔で温かく迎えていただいたことは、雅子にとって本当に大きな支えとなっておりました。私も雅子と共に、改めて国民の皆さまに感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。

 一方で、着実に回復してきているとはいえ、依然としてその途上にあり、体調には波もありますので、雅子には、引き続き焦ることなく、少しずつ活動の幅を広げていってほしいと願っております。

 今後は、自身の置かれる立場が変わることで、公務も多くなる中、一朝一夕に全てをこなせるようになるわけではないと思いますが、雅子は、これからも体調に気を付けながら回復を目指してさらに努力を重ねていくと思いますので、国民の皆さまには、引き続き回復を温かく見守っていただければと思います。雅子には、これまで、私や愛子のことにもいろいろとよく心を配り、私の活動を支えてきてくれています。私も、できる限り力になり、雅子を支えていきたいと思っております。

 愛子は、この1年、英国イートン・カレッジでのサマースクールや秋の関西地方への修学旅行などを経て、一段と成長を遂げたように感じております。青春期には誰しもが経験するように、こうした得難い経験を通じて、自分の世界が大きく広がったものと思います。

 これからの数年間は、自分自身が、将来について、いろいろと思いを巡らせる時期になりますので、お友達や先生方など周りの方々と語り合い、自身での思索を深めていってほしいと思います。

 イートンでのサマースクールや修学旅行、学校の課題など、普段から、愛子から私たち2人にいろいろと話をしてくれていますし、大事な事柄については、その都度相談に来ることもあります。今後とも、大学への進路といった将来のことやその時々の悩みなどについて、相談を受けることもあると思いますが、親として、本人の気持ちをしっかりと聞きながら、良い助言ができればと思っております。

 ―秋篠宮さまは昨年のお誕生日の記者会見で、新天皇が一代一度限り臨む大嘗祭だいじょうさいの在り方について持論を述べられました。即位に関わる一連の皇室行事について、殿下はどうあるべきだとお考えでしょうか。

 即位に関わる一連の皇室行事の在り方については、平成のお代替わりの折の前例を踏まえ、政府において十分な検討を行った上で決定したものと理解をしております。また、さまざまな事項の決定については、私も折々に説明を受けてきております。したがいまして、今回政府が決定をした内容について、私がこの場で何か述べることは控えたいと思います。

 ―残り2カ月余りで「平成」が幕を閉じます。「平成」とはどのような時代だったとお考えでしょうか。

 平成の始まりというときに、私は、同じ年に起こったベルリンの壁の崩壊を思い起こします。私は、その2年前の昭和62年に、ベルリン日独センターの開所式に出席するため、当時の西ドイツのベルリンに行きました。その時見た、冷たくそびえるベルリンの壁は、人々を物理的にも心理的にも隔てる東西の冷戦の象徴として、記憶に深く刻み込まれるものでした。その後、平成元年11月にベルリンの壁が崩壊し、東西のベルリン市民が壁を登っている姿に、新たな時代の到来を感じました。平成という時代はまさに、この新しい世界の動きとともに始まったと言えると思います。

 冷戦の終結を受けて、二極の対立構造はなくなったものの、各地で内戦や地域紛争が増加しました。これに対して、日本は、開発援助のほか、復興支援や人道支援も積極的に行うことにより、世界の人々から高く評価されるようになりました。また、ノーベル賞の受賞や、スポーツ、文化といった分野でも、日本人が国際的に評価され、あるいは活躍する場面が増えましたが、これは平成時代の特徴ではないかと思います。オリンピックを例に挙げるまでもなく、平成を通じて特に、10代の中高生をはじめとした若い人たちの活躍が目立ったように感じ、とてもうれしく思います。陛下がおっしゃっているように、平成が戦争のない時代として終わろうとしているわけですが、戦後長く続いてきた平和な日本の社会において、この国の未来を担う若い人たちが、夢を大切にしながら自分の能力を発揮できる環境が整ってきたことの証しであると思います。私も、これまでいろいろな場で若い方々とご一緒する機会を大切にし、その熱意や息吹を感じて心強く思ってまいりましたが、これからも若い世代の活躍を願いつつ、見守っていきたいと思っております。

 また、平成は、人々の生活様式や価値観が多様化した時代とも言えると思います。それは、ITその他の科学技術の飛躍的発展によって、さらに推し進められた部分もあると思います。今後は、この多様性を、おのおのが寛容の精神をもって受け入れ、お互いを高め合い、さらに発展させていくことが大切になっていくものと思います。

 他方で、少子化や高齢化の進行は、日本のみならず、多くの国で大きな社会問題となっています。今後の日本にとり、諸外国の経験や知識を参考にしながら、この問題について考えていくことが必要な時代になっていると思います。

 平成は、また、地震や津波、台風や集中豪雨といった数多くの自然災害に見舞われた時代でもありました。多くの人が命を落とされ、また、生活の基盤を失われたことは、大変心の痛むことでした。そうした中で、災害救助や復旧・復興の折に示された「絆」とも称される助け合いの精神には、日本の人々の優しさや秘めた強さを見る思いがいたしました。そうした不幸な出来事が発生するたびに、両陛下には、被災地に向かわれ、困難な状況にある人々に寄り添ってこられるなど、お力を尽くしてこられました。両陛下が、国民と共にありたいと常に願われ、そのお気持ちを体現してこられたことが、私の心に深く残るものと思います。

 ―殿下は、30年以上にわたって、国民文化祭に出席されてこられましたが、来年度以降は象徴天皇として国民文化祭に臨まれることとなると思うのですが、臨むに当たっての抱負や思いなどをお聞かせいただけますでしょうか。

 立場が変わることによって、今まで両陛下がなさってこられたいろいろなお仕事を私が受け継がせていただくことになります。そして、両陛下が今までなさってこられたことをよく学び、それぞれの行事に心して出席したいと思っております。それから、今お話のありました国民文化祭については、私が第1回から出ている行事ですし、特にその地方地方でいろいろな文化がある中で、自分たちの文化を再発見し、そしてまた新しい文化を創り上げていくという理念の下につくられた行事であると理解しております。近年は、障害者芸術・文化祭も一緒に行われることになりましたので、より内容の深いもの、濃いものになってきていると思います。いずれにしましても、一つ一つの行事に新しい天皇としての立場で、心して出席していこうと思っております。

 ―来年はオリンピック・パラリンピックが開催されます。殿下は去年、パラリンピックのマラソン選手、럲〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓럳道下럲〓〓〓〓〓〓〓〓みちした〓〓〓〓〓〓〓〓럳さんの伴走をなさいました。その時の率直なご感想と何か新たな発見がございましたら、お聞かせください。

 オリンピック・パラリンピックについては、特に両陛下が皇太子時代から大変心を寄せてこられたものだと思います。そして、両陛下が日本の障害者スポーツ大会へ大きな貢献をされたものと私も思っておりますし、障害者スポーツ大会について、両陛下から今までもいろいろなことを伺ってきております。来年にはオリンピック・パラリンピックを控えております。そのような中で、園遊会で道下さんとお会いしまして、私がジョギングを趣味としていること、よくこの御用地の中を走っており、園遊会の会場となっている場所もよく走っているというお話をしましたところ、ご一緒する機会があればと先方がおっしゃってくださいました。私としましても、そういうパラリンピックの選手の人たちがどのように競技に臨んでいるのか、パラリンピックとはどういうものなのか、ということを私自身も理解するいい機会だと思いましたので、その申し出を喜んでお受けすることといたしました。私が心配したのは、どのように目の見えない方を走りながらリードしたらいいのか、しかもひも1本で結ばれている状態ですので、どのように声を掛けてリードしていったらいいかということで、事前に書物を読んだり、あるいは動画を見たりして少し研究をいたしました。実際にご一緒してみて、私自身も最初は少し緊張しましたけれども、楽しくとてもいい経験をさせていただいたように思います。一例を挙げますと、例えば2メートルくらい先にマンホールがありますということを道下さんにお話ししようと思いましたら、気が付いた時にはもうマンホールの上にいるような感じで、走っていると随分スピードもあるんだなと思いましたし、実際に伴走の方がどのように選手をリードされているのかということも私も分かって、自分としても大変いい経験になったと思います。もう一言付け加えさせていただきますと、三重県で障害者の施設に行きました時に、ボッチャをやっている場面を見せていただきました。その時に、そこにおられた選手の方が私にボールを渡して、やってみませんかと言ってくださったので、実際に投げてみると、やはり意外に難しいものだと思いました。このように自然な形でパラリンピックの競技を自分自身が体験できたということは本当に自分にとっても良かったと思っております。そして、来年のオリンピック・パラリンピックを大変楽しみにしております。

 ―先ほど雅子さまについてはご体調のところは伺ったんですけれども、今後のご活動の、ご活躍を期待される分野といいますか、内容といいますか、どうお考えなのか、例えば国際的なものなのか、それとも若い人たちの活躍の環境を整えられることですとか、また、困難な状況に置かれている人たちに寄り添うことですとか、どういった内容でご公務、ご活動をされていってほしいとお考えでしょうか。

 今は体調の回復に一生懸命取り組んでおりますし、将来的には自分としてできることが見つかることを、私も心から願っておりますが、現在は、そういうものを少しずつ模索しているような段階なのではないかと思います。雅子自身もいろいろ海外での経験もありますし、このグローバル化の時代にあって、国際的な取り組みなど本人だからできるような取り組みというのが、今後出てくると思います。今具体的にどういうものかということは、お答えできないのですけれども、先ほども申し上げましたとおり、本人も一生懸命努力をしながら回復に努めておりますので、何かいい取り組みに将来出会うことができれば、私も大変うれしく思います。

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