全国から考古学ファンが訪れ、大フィーバーになった吉野ケ里遺跡の発掘現場=平成元年撮影、神埼市郡

 吉野ケ里遺跡(佐賀県神埼市郡)と「魏志倭人伝」を関連づける報道がきっかけとなり、「吉野ケ里フィーバー」が全国に巻き起こった。遺跡には連日、1万人の見学者が訪れた。

 工業団地になる予定だった遺跡は、1989(平成元)年2月に来県した弥生時代研究の権威、佐原真氏(当時・奈良国立文化財研究所埋蔵文化財センター研究指導部長)の指摘で状況が一変した。遺跡の物見やぐらや土塁・環壕(かんごう)が「宮室(きゅうしつ)、楼観(ろうかん)、城柵(じょうさく)」という魏志倭人伝の記述と符合すると説いた。

 報道は、邪馬台国や卑弥呼との関連につながる発見への期待を呼び、国民的関心を高めた。約2カ月で見学者は100万人を突破、古代弁当やTシャツ、テレホンカードといった関連グッズが販売されるなど、商魂のたくましさものぞかせた。

 古代ロマンへの高い関心は、政治も動かした。工業団地の計画は白紙となり、異例のスピードで国営公園化が進んだ。発掘調査は一区切りとなり、大量の出土品や発掘成果の整理作業が進められている。(新元号まであと67日)

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