明治維新150年にちなみ、新聞を通じて地域の歴史を学ぶ「さが維新塾」。本紙記者による今回の出前授業は思斉中(佐賀市)の2年1、2組です。(授業実施2018年12月19日)

【きょうの教材】混乱期に近代国家拠点像 大木喬任(1832-1899)

「さが維新ひと紀行」2018年10月20日付

超高層ビルからの東京都心の眺望。左側には皇居が見える。常に新しいビルが建ち、再開発が進む=東京都港区虎ノ門

 日本の首都・東京。2020年の五輪・パラリンピックに向けて日々変貌を遂げている。その東京の基礎をつくった中心人物の一人が大木喬任だ。
 1867(慶応3)年、江戸幕府が倒れ新政府が誕生。近代国家建設へ政治の拠点をどこに置くか、議論が活発化した。大木は翌年2月、副総裁三条実美に「江戸に都を」との意見書を出した。江戸を「東京」と改称、東西に二つの京を置くという主張で、都を移す「遷都」ではなく、新たに都を定めるという意味で「奠都」とした。意見書には「東西京の間に鉄道建設を」との文言もある。
 当初、この建議は取り上げられなかったが、江戸城無血開城に功のあった江藤新平が大木を岩倉具視や木戸孝允ら要人に紹介。連名で「都を江戸に」との意見書を岩倉に提出した。「いきなり都の移転となれば混乱が生じるという心理面も踏まえた両都案。時代が大きく変わる混乱期に、大木は確かな『グランドデザイン』(壮大な構想)を描き示した」と、『佐賀偉人伝 大木喬任』著者の重松優氏(昭和女子大学)は評価する。
 大木の功績として知られるのが、近代教育制度の基本となる「学制」発布。大学を頂点に中学、小学を創設し、「国民皆学」の土台を整えた。1870(明治3)年に岩倉具視がまとめた「建国策」中の学校制度関連の項目には、大木の意見が反映されているとされる。文明を進めるには、児童教育を担う「幼学所」を盛んにし、家庭教育を担うことができる婦女(女性)の教育が必要―。封建的空気が残る時期に、旧習にとらわれない改革への決意を抱いていたことになる。重松氏は大木の功績を「近代化という必然に対し、着実な歩みを進めたということに尽きる」「当たり前のことを当たり前に行うことは、国家形成という大きな舞台では容易ではない」とし、日本の近代化が比較的順調に推移した理由について、大木を念頭に「小説にふさわしいドラマ性を欠き、名が知られているわけではないが、能力の高い人々が地道な仕事を続けたからではないか」と推し量る。

日本近代化の作業、着実に

大木喬任の功績などについて話す川﨑記者=佐賀市の思斉中

吉末恭享先生 幕末から維新にかけて、私たちは「佐賀の七賢人」を学びながら、日本の近代化について考えてきました。きょうはそのうちの一人、大木喬任について、この人が日本の近代化にどう関わったかを考えます。何人かに「もし大木喬任という人がいなかったら」ということで意見を言ってもらい、大木についての新聞記事(さが維新ひと紀行)を担当した佐賀新聞の川﨑久美子記者からコメントや話をしてもらいます。
生徒1 大木という国民皆学の土台となる「学制」を創設した人がいなかったら、今、僕らはこうして勉強することができなかったかもしれない。
生徒2 学制がなかったら、僕らの「青春」はなかったかも。僕らの「友情」や「恋愛」も生まれなかったかもしれないから。
生徒3 アジアの中には、学制で女性が制限を受けている国が今でもある。
川﨑久美子記者 「今が勉強のできる時代でよかった」とか「学校で出会えてよかったと思える友人がいる」からこその言葉だと感じました。また、佐賀を学ぶことがアジアやほかの国に目を向けるきっかけになっていることも素晴らしいと思います。
吉末先生 「だれもが学べる」ということは、今の我々には当たり前ですが、そういう制度がなかったらどうなっているか。例えば授業料が払えなくて勉強する機会を失ったり、将来の夢をあきらめなければならないとしたら、もったいない話です。
生徒4 明治維新で東京が首都になったのは、大木が意見書を書いたことが始まり。大木がいなかったら、東京が首都にならなかったかも。

 

川﨑記者 大木や江藤新平の「京と東京の両方を都に」という奠都の意見書がなければ、少なくとも、明治維新の最初の時期に東京が首都になることはなかったかもしれませんね。
 大木が「七賢人」に選ばれている理由は三つあると思います。まず、先ほどからの「学制」の発布。次に東京奠都。そして、もう一つが近代の司法制度を整備したことです。東京奠都は、江戸時代の間変わらなかった生活スタイルや考え方を、都を完全に移して一気に大転換するよりも「とりあえず、京のほかに東京にも都を置きましょうか」という折衷案だったのかなと思いながら、資料を調べるなどしました。また、民法や刑法という法律をきちんと作らないと争い事が起きるきっかけにもなるし、起こった争いを止める方法も見出せません。だから、江藤(初代司法卿)や大木(第2代司法卿)らが司法制度の土台となるものを作っていきました。開国した以上、国の近代化はやらなければなりませんが、教育行政にしろ法整備にしろ、一人でできる作業ではありません。国家としてやらなければならないことを着実に実行していくことは、実は難しいことで、大木にはそれができるだけの事務官僚としての高い才能があったのだと研究者は言っています。
吉末先生 大木喬任を通じて日本の近代化について考えました。歴史が現代の生活につながっていることは多々あります。現在の我々の「当たり前」が、頑張らなければ「当たり前でなくなる」という気持ちを大事にしてほしいと思います。
生徒代表 大木喬任が単に「学制」を発布した人というだけでなく、話を聞いて奠都の考え方などが日本の発展につながっていると感じました。大木と関わりの深かった江藤新平や大隈重信らについても考えていきたいと思います。

【授業を聞いて・みんなの感想】

1組・小石沙衣子さん 大木喬任の学制発布で、男女関係なくたくさんの人が学べるようになったことが、国内の優秀な人材発掘、人材育成につながったのだと思った。友達の考えや記者さんからの情報を知ることもできた。どんな時代でも、新しい事を切り開いていくのは必要なことなのだと感じた。


2組・中尾航大さん 教育制度の改革や北海道の開拓など、「佐賀の七賢人」が日本の近代化に果たした仕事は、今でも目に見えるものが多く、日本の未来をしっかり見据えたものだったと感じた。大木喬任は「国民皆学」を掲げて誰でも教育を受けられるようにしたが、旧習にとらわれない考えができた人なのだと思った。


【幕末維新の歴史に触れよう!】
三重津海軍所跡イベント  「#みえつではじめて」 プロジェクト

<DATA> 
佐野常民記念館(佐賀市川副町) 
9:00~17:00(VR体験16:30まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)

◯全長5メートル、重さ350キロ レゴブロック船「凌風丸」登場!
 三重津海軍所で建造された日本初の実用蒸気船「凌風丸」を約7万ピースのレゴブロックを使って制作しました。

◯レゴで「ミニ凌風丸」を作ろう!  ミニ凌風丸ワークショップ
■開催日/2月24日までの毎週日曜日
①9:30~ ②11:00~ ③13:00~ ④14:30~ ⑤16:00~ 各回先着20名
■場 所/佐野常民記念館コミュニティ広場
■対 象/中学生以下のお子様、参加無料

◯みえつダックdeレース
 みえつダック(ラバーダック)にデザインして、3月3日の” みえつダックレース“にご参加ください。ほかにも楽しいイベントを開催予定!
■デザイン受付期間/3月3日(日)まで
■デザイン受付場所/佐野常民記念館2階受付
■レース会場   /佐野常民記念館多目的室


【さが維新塾特設ウェブサイトに収録 おすすめワークシートを紹介】
25年までにレジ袋全廃 (2018年12月16日付)

 2025年までにレジ袋やストローなどの使用をやめ、最終的に使い捨てプラスチックの全廃を目指す国連環境計画の戦略についての記事を読みとり、日本の対応について考えるとともに、自分たちはどのようにすべきかを考えさせるようにしました。(多久島文樹NIE推進デスク)

ワークシートのダウンロードはこちらから
「さが維新塾」の特設ウェブサイト
http://www.saga-s.co.jp/sagaishinjuku.html

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【問い合わせ】
佐賀新聞社営業局アド・クリエート部
0952(28)2195(平日9:30~17:30)
 

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