近世の屋敷跡の発掘調査風景(有田町中樽一丁目遺跡 2015年)

 受験シーズン真っ盛り。自分の大学受験はもうずいぶん昔のことで、ほとんど忘却のかなたに消え去ってしまったが、劣等生にはやはりかなりつらい時期だったことだけは鮮明に記憶している。これから楽しい大学生活が送れるように、受験生の皆さんにはもう一踏ん張りしてほしい。

 先日、大学入試センター試験の日本史Bの問題に挑戦してみた。何とか合格点は取れそうだが、やはり普段近世史だけに専念にしていると、ほかの時代の記憶はかなり曖昧である。それに、最近の問題は、かつてのように語呂合わせの年号丸暗記だけではなかなか歯が立たない。現在のように歴史を流れで捉えるのは好感の持てることだが、テストに出題されるようなある程度評価の定まった内容はともかく、歴史の解釈は時代とともに流動的で、必ずしも答えが一つというわけでもない。

 有田焼の歴史もそうだ。日本磁器の歴史的研究がはじまったのは江戸時代後期のこと。その後、明治に盛んになり、大正、昭和と少しずつ解釈を変えながら歩んできた。ただ、劇的な変化は、昭和の終わりからのことである。

 とりわけ、近世史の分野に考古学が本格的に参入し、全国的に近世遺跡の発掘調査が急増したことが大きい。もうすぐ、“近世考古学”が提唱されて50年。近世遺跡の発掘調査では、出土する有田焼から、今でもさまざまな人々の営みが解明されつつある。(有田町教育委員会学芸員・村上伸之)

このエントリーをはてなブックマークに追加