ウナギ羽瀬に使われた袋網

 「ウナギ羽瀬(はじ)」が、いつごろから始まったのかはよく分からないが、恐らく江戸時代から受け継がれてきたのだろう。金田さんのところは、祖父の代から行っていたようで、哲郎さんは小学生のころからテボもちをしていたそうだ。

 塩田川は昔から水害が多発する“暴れ川”で、戦後だけでも昭和24年、30年、31年と氾濫して床上浸水の被害が出ている。昭和37年の7・8水害の時には隣の家が流され、一家5人が泳いで避難したそうだ。

 ウナギ羽瀬は水かさが増したときの漁だから、2人で協力しないとできない。羽瀬に取り付けてある袋網(口のサイズは高さ約50センチ、幅1メートル余り、長さ6メートル余り)に獲物が入っているのを確かめるには、一人は大きなテボを抱え、もう一人は脚をさらわれないようにして尻網のところまで行く。獲物を尻網ごと肩に担ぎ揚げ、もう一人が抱えているテボの口に尻網の先端を差し込み、絞ってあるひもを解いて獲物(ウナギやツガニ)を流し込む。

 あとはテボ持ちが下流に流されながら泳いで岸にたどり着き、仲間が引き揚げていた。流れが速いときにはかなり下まで流されたこともあったそうだ。

 しかし、このウナギ羽瀬は、河川改修が終わるころ堰(せき)が全て可動堰に変わってからは、あまり入らなくなり、数年後には途絶えてしまったそうだ。

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