目達原駐屯地から飛び立つ陸上自衛隊のヘリ。写真奥の方角に事故現場となった神埼市千代田町がある=4日午前、神埼郡吉野ヶ里町の陸上自衛隊目達原駐屯地

 陸上自衛隊目達原駐屯地(神埼郡吉野ヶ里町)所属の戦闘ヘリAH64Dが、神埼市千代田町の民家に墜落した事故から5日で1年。昨年5月末に防衛省から事故調査の中間報告があって以降、事態に大きな変化はなく、住民を含め地元からは記憶の風化や関心の薄れを指摘する声が少なくない。一方で、最終報告の先に見えてくる事故と同機種の飛行再開には「結果次第では飛ばないでほしい」と複雑な思いものぞかせる。

 1月末。県内は寒気に覆われ、神埼市内でも雪が降った。「雪を見て、事故の時も寒かったなと思い出した」。事故現場のすぐそばに住む区長の樋口邦敏さん(69)はこう話す。「記憶はあるけど、関心は薄くなっていくもの」

 住民の中には、節目ごとの説明や地区全体への直接的な謝罪がなかったとの思いがある。殉職した隊員を思えば「強くは言えない」としながらも、「(謝罪が)ひと言ぐらいあってもよかったし、ほしかった」とも語る。

 駐屯地が立地する吉野ヶ里町立野地区の山田勲区長(57)は、「何もなくても『何もない』という情報はほしい」と変わらぬ自衛隊の対応に不満を漏らす一方で、昨夏ごろからは地区の会合でも事故の話は出てこないという。「大げさに言うと風化している感じ。(知事の佐賀空港への自衛隊オスプレイ配備計画受諾表明で)そちらの関心の方が強い」とも話す。

 「消火活動中だったのに『他の緊急車両の邪魔になるから(消防団車両を)どけて』と言われた」。事故当時、現場に駆け付けた消防団員の一人は混乱ぶりを振り返る。事故から1年。「どこから水を引くか」「車をどう止めたらいいか」など「有事」の対応で「地区の意識が高まったように感じる」と団員。このような事故は二度とあってはならないとの思いを強くする。

 駐屯地のヘリの訓練飛行が再開しているが、現場上空については自粛が続いている。

 最終報告の時期について「年内」との見方もあり、その先には事故機と同機種の飛行再開も予想される。「結果が出ないと何とも言えない。(飛行再開は)想像できない」と事故当時の区長だった松永順二さん(69)。「(破断したボルトが)欠陥品なら、いつ落ちるか分からないので飛ばないで」と率直な思いを吐露した。

■「一日も早い究明を」周辺自治体

 陸自ヘリ墜落事故から1年を迎え、事故現場となった神埼市、ヘリ所属の駐屯地がある神埼郡吉野ヶ里町、隣接の三養基郡上峰町の各首長は改めて一日も早い事故原因の究明と再発防止策を注文した。

 神埼市には1月25日、陸上自衛隊目達原駐屯地の吉野俊二司令ら4人が市役所を訪れ、調査状況を報告した。松本茂幸市長は「(被災家族や地区住民ら)当事者にとっては長い1年だったと思う」とした上で「一日でも早く先が見えるように支援や補償をしてほしいと強く要望した」と話す。

 吉野ヶ里町の伊東健吾町長は、「あっという間」と1年を振り返る。原因が究明できていない現状について明言は避け、「『(原因が)出たら教えてください』と伝えている」とするにとどめた。

 武広勇平上峰町長は、防衛省が示していた情報提供体制の改善について「司令と携帯電話で直接話す機会が増え、ホットラインのようなものができた」と連携の深まりを感じている。一方、原因が分かっていないことに対し「しっかりと究明し、再発防止策につなげてほしい」と求めた。

■県「被災家族そっとして」

 佐賀県などによると、事故機が墜落した民家の家族は、普段通りの落ち着いた生活に戻っているという。

 県は副部長級の職員が窓口になり、神埼市とも連携をとりながら被災家族がいつでも連絡できる体制を整えている。神埼市の担当者は、月に数回程度、家族と電話で連絡を取り合い、現状の報告など情報交換に努めているとしている。

 事故に関する報道には不安を訴えることもあるといい、県の担当者は「精神的なショックが大きかった事故から、まだ1年しかたっていない。平穏に過ごしてもらえるようにそっとしておいてほしい」と話している。

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