「知事がどんな発言をするか。しっかり聞いてこい」。当時の香月熊雄知事が吉野ケ里遺跡を視察するというので、取材に行った時のデスクの指示だった。保存するかどうか注目されていた時期。「ひとことも聞き漏らすまい」と知事にくっついて回った。にわか考古学記者の誕生である◆吉野ケ里が全国的な話題となったのは、30年前の平成元年2月。キーワードは「邪馬台国」「卑弥呼」「魏志倭人伝」。これをセットにして大手紙が1面トップで報じたものだから大騒ぎになった。「古代ロマン」てんこ盛りだ◆ニュースは料理次第でどうにでもなる、というわけではないが、視点を変えることで大きな話題を提供することがある。吉野ケ里はそのいい例だった。本当は遺跡周辺に弁当や焼き芋の店が出るようなフィーバーになる何年も前から、地元の研究者が重要性を唱えていたのだから◆それからすると、もうひとつの重要な遺跡「東名(ひがしみょう)遺跡」(佐賀市)がいまひとつ全国区になれずにいるのが悔しい。吉野ケ里のはるか昔、8千年前の遺跡である。編みかごなどの出土物は当時の生活が手に取るように分かる◆先日亡くなった哲学者梅原猛さんは「縄文文化は日本文化の根幹をなす」と語っていた。そのルーツともいえる東名遺跡。なんとかインパクトのあるアピール策はないものか。(丸)

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