2月3日に投開票される藤津郡太良町長選は新人による三つどもえとなり、少子高齢化対策や地域浮揚を巡る論戦が展開されている。各候補の人となりや選挙に臨んだ思いを紹介する。(上から届け出順)

田川浩氏(54) おはなし会で人形劇

 5年前から大浦地区の公民館で定期的に「おはなし会」を開く。「地域が細り、子どもたちの文化的な体験が少なくなっている」と感じ、エプロンを舞台に見立てた人形劇を上演する。

 中学、高校生の頃から「文学少年」だった。古本屋を巡ったり、自己流で俳句や短歌を詠んだ。雑誌に投稿して採用された句は〈春空に飛び出せよ我が干潟たち〉。今も花鳥風月を題材に町の短歌会に参加する。

 鹿島高を卒業し、遠く離れた生活環境にひかれて富山大に進学した。富山と東京で計4年、広告会社に勤務し、アイデアを練って企画書を書き続ける日々を送った。この時「仕事は自分で作るもの」と教わった。

 酒や駄菓子を扱う商店の3代目。店を継ぐため地元に戻り、商工会青年部で祭りやイベント運営に奔走した。経営者の主張全国大会で熱弁を振るい、優勝した経験もある。

 2011年に町議に初当選し、2期目途中の町長選出馬。同僚議員らが前副町長を推し「それでいいのだろうか」と疑問を覚えたという。必要と感じるのは役場改革。「町の課題解決や豊かな資源を生かす企画を積極的に打ち出せる組織に」と訴える。亀ノ浦。

山口一生氏(35) 元営業マン、今は花作り

 生産者たちが朝から晩まで畑に出て、漁業者は毎日、海と向き合っているのに、なぜ生活が苦しいのか。「本物を作る人たちが軽んじられているのはおかしい」。過疎にのみ込まれ、愛する地元がなくなる危機感で立候補を決意した。

 出馬表明後、年末から朝はつじ説法を重ねているが、感じるのは「町外へ向かう車の多さ」。仕事がない現状を切実に感じるという。

 5年前にUターンするまでは愛知県でコピー機を扱うサラリーマンだった。自動車会社向けに営業し、信頼を築くため工場に足しげく通った。同僚と結婚し、2人の娘の父親になった。

 鹿島高校在学中、米国に1年留学した経験がある。ホストファミリーに教えてもらいながら英語を習得した。進学先も米国を選び、5年間学んだ。

 30歳で太良に戻ってからは、実家の明日香園で花作りを手伝っている。自然の中で暮らす充実感を覚えた一方で、地域の衰退を身をもって感じた。

 町の若手で1次産業を盛り上げる団体を立ち上げた。各地でまちおこしに携わる人を訪ね、確信に変わった思いがある。「太良は可能性をもっと生かせる。自分が営業をする」。伊福。

永淵孝幸氏(70) ステージで笑い誘う

 太良町の副町長だったころ、文化祭のステージに背広を裏返しに着て登場し、笑いを誘った。「人を笑わせたり、にぎやかなことが好き」。元サッカー選手を招いた講演会ではヘディングでボールをパスした後、お礼を述べた。

 佐賀農業高卒。ミカン増産のただ中に2年間、県農林事務所で国営多良岳パイロット事業の測量を担当した。山を歩き回って開墾した農地が今は荒れていく。「何とかしたいとの思いがある」と力を込める。

 20歳で役場入りした。小さな町の仕事は広く、予防注射のために子豚を押さえつけたり、町民の最期を見送る火葬場での業務などが印象に残っている。

 「多良岳オレンジ海道」の開通に向けた業務は18年間に及び、特に用地交渉に心を砕いた。大量の残土の処理が懸案になったが、圃場として活用する案を提言して実現させた。

 「自分の考えは包み隠さず、ざっくばらん」が信条。期限付きで難しいとされた事業でも、地権者に事情を明かし、初回の説明会に印鑑を持ってきてもらうよう説得したこともあった。

 日課はウオーキング。妻の京子さん(67)との畑いじりが最近の楽しみだ。大川内。

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