氷点下59度の町、ロシア・オイミャコンの話題が昨日、本紙にあったが、観測史上最低気温は昨年、南極大陸で記録した氷点下97・8度だという。氷点下90度の世界がどんなものか。数回呼吸しただけで肺出血を起こすこともあるという◆“氷の世界”のロマンなど吹き飛んでしまいそうだが、19世紀中ごろから、未知なる南極大陸の極点到達を目指し世界各国が競い合う。今では南極大陸を人類共存の平和地域とするために南極条約が結ばれ、国際協力のもとで研究調査が進められている◆日本の南極探検と言えば白瀬中尉(1861-1946年)である。今から100年以上前、白瀬中尉は南極の極点到達を志す。まだ知らぬ南極の極寒に慣れるため、まずは千島探検へ。北海道本土から遠く離れた孤島・占守島で3年間暮らした後、南極を目指した◆白瀬中尉の探検は政府支援なしの独自計画だったが、後援会長をつとめた大隈重信らが支援。乗り込んだのは204トンの木造帆船「開南丸」。「そんな小舟で無謀だ」と言われながら果敢に向かったのである◆「開南丸」は最初、南緯74度16分に至ったが上陸できず。態勢を整えついに南緯80度5分、西経156度37分の地点に上陸。この地に日章旗を揚げて「大和雪原」とした。1912年、107年前のきょう1月28日のことである。(賢)

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