開通式の後、大村湾パーキングエリアに向けてパレードに出発する車の列=平成2年1月26日、武雄市の川登サービスエリア

 九州の北部と西部を結ぶ“陸の大動脈”、長崎自動車道のうち最後の工事区間として建設されていた武雄北方-大村インター間(39・1キロ)が開通した。この結果、鳥栖-長崎多良見間約107キロの長崎自動車道は全線開通。地域浮揚の思いを乗せ、県内はハイウエー時代に入った。

 鳥栖ジャンクションで九州自動車道と交差・接続する長崎自動車道は1973(昭和48)年にルートが発表され、設計協議や用地交渉などを経て80(同55)年から工事に着手。82(同57)年に大村-長崎多良見間、85(同60)年に鳥栖-佐賀大和間、87(同62)年に佐賀大和-武雄北方間が開通していた。

 この時に開通した区間は国道34号とほぼ並行して走るルート。武雄市東川登町には「武雄南ジャンクション」が設けられ、89(平成元)年に開通した西九州自動車道の武雄・佐世保道路(22・1キロ)とも連結された。

 全線開通当時、嬉野-東そのぎ間は暫定2車線だったが、97(同9)年に4車線化。2004(同16)年には長崎多良見から長崎インターまで11・3キロ延伸した。(新元号まであと95日)

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