今年は明治維新150年。新聞を通じて地域の歴史を学ぶ「さが維新塾」。本紙記者による今回の出前授業は武雄中(武雄市)1、2年生です。(授業実施8月30日)

【きょうの教材】武雄温泉で湯治 慶応2(1866)年

「閑叟公からの手紙」2018年5月11日付

武雄領主や鍋島直正が入浴したとされる武雄温泉殿様湯=武雄市武雄町

 1300年以上の古い歴史を持つ武雄温泉。宮本武蔵や伊達政宗、吉田松陰、シーボルトといった歴史上の有名人物も数多く立ち寄ったといわれている。佐賀城に船で雲仙の湯を運ばせるなど大の温泉好きだった鍋島直正も、たびたび武雄温泉を訪ね湯治を楽しんだ。
 慶応2(1866)年3月、将軍徳川家茂から直正に、幕政への参加を促す手紙が届いた。だが直正は、このころ下痢や痔など体調が思わしくなく、「一橋慶喜や松平慶永(春嶽)こそが幕政を導くにふさわしい」と返信し、病気を理由に辞退している。
 直正は同月下旬から翌月まで約2週間、武雄で湯治をして英気を養った。この頃、武雄温泉は武雄領主が所有しており、入浴料を徴収していた。入浴料の総額は不明だが、温泉の維持管理以外にも使われたのではないかとみられており、幕末期、武雄領が蘭学導入を進めるにあたって、大いに活用された可能性がある。
 この時の湯治には直正の次男、三男も現地で合流し「現代風に言えば、家族旅行的な意味合いがあったかもしれない」と研究者は話す。

直正が長女・貢姫に宛てた手紙(公益財団法人鍋島報效会所蔵)

〈手紙の主な現代語訳〉

 最近はどのようにお過ごしでしょうか。お知らせください。江戸はどのような気候ですか。佐賀は随分と暖かくなり、昼間は単衣の着物でも暑いくらいです。父は先月21日から武雄へ入湯に出かけ、ゆっくりと保養して、一昨日佐賀城に帰ってきました。今回は尚丸(鍋島直正の三男直柔、後の蓮池鍋島家当主)を連れて行き、それは大そうにぎやかな事でした。小城(二男直虎、後の小城鍋島家当主)も逗留にやって来て大いににぎわいました。詳しくは礒浦から申し上げるでしょうから文略しました。この品は珍しくもありませんが、湯治の土産としてお送りします。入湯期間は思ったよりは延びてしまいました。入湯中は花の盛りも過ぎて若葉の時期でしたが、かえって興趣がそそられました。



直正、武雄温泉で疲れ癒やす

 

生徒1 幕末維新博見学の事前学習会を始めます。佐賀新聞の記事を前もって読みましたが、私は、佐賀に鍋島直正のような歴史に名を残す人物がいたということに興味を持ちました。きょうは佐賀新聞社から来てもらった講師の人たちの話を聞いて、幕末維新で活躍した人たちや武雄温泉のことについてみんなで考えましょう。
多久島文樹デスク まず初めに「武雄領」についての説明をしておきます。江戸時代の武雄は、佐賀藩の直接の領地ではなく、佐賀藩の家老の領地でした。だから「武雄藩」ではなく「武雄領」と言います。江戸時代は長崎県の一部も佐賀藩の領地で、佐賀藩は長崎警備を受け持っていました。ですから、フェートン号という英国の船がオランダ船を装って長崎の港に侵入してきた時、事件の責任をとって藩士が切腹しています。
 幕末の武雄領主に鍋島茂義という人がいます。この人は鍋島直正の義兄にあたり、直正より14歳くらい年上です。直正と同じくらい西洋のことにすごく関心の高かった人で、いろんな科学技術を武雄に取り入れました。直正より先に実際に大砲を造って試射を成功させています。それを見た直正は西洋砲術の本格的な導入を決めました。直正に大きな影響を与えた人と言えます。
 戊辰戦争では、秋田藩以外の東北諸藩は旧幕府方につき、秋田藩は庄内藩(山形県)から攻撃されました。その時、武雄の部隊が秋田藩の救援に行っています。このように、武雄は幕末維新の時期、貴重な役割を担った土地でした。
藤生雄一郎記者 藩主鍋島直正は、他藩に先駆けていろんな科学技術を積極的に導入しました。とても優れたリーダーだったことが近年クローズアップされています。では、この人はどんな人柄だったのかというと、家臣に対しては厳しい姿を見せることもありましたが、実は「マイホームパパ」でもありました。直正の長女は貢姫という名前で、(現在の埼玉県の一部である)川越藩松平家に正室として嫁ぎました。大名の正室ですから江戸に住んでいました。その貢姫に直正はひんぱんに手紙を送っていますが、これは当時の大名としては珍しいことです。武雄へ湯治に出かけたことも手紙に書き残しています。
 直正は晩年、下痢や痔などで体調を崩し、しばしば武雄温泉に湯治に行っています。武雄温泉には今でも「殿様湯」という風呂がありますが、そこに入ったのではないかといわれています。
生徒2 直正は温泉に入って体調が回復したの?
藤生記者 この手紙には「今回もゆっくりと保養できた」と書いています。体調が大幅に改善したかは定かではありませんが、心身ともリフレッシュできたのは間違いないようです。
生徒3 記事で紹介した以外に武雄温泉に入った歴史上の人物がいたら教えてください。
藤生記者 記事で「立ち寄ったといわれている」としたのは、確かな記録としては残っていないから。専門家に聞いたところ、宮本武蔵については「あくまで伝承では?」ということでしたが、シーボルトは確かに立ち寄っています。佐賀関係に限れば佐賀藩祖の鍋島直茂や龍造寺隆信は武雄温泉に入っています。
生徒4 鍋島直正という偉人が武雄温泉に入って疲れを癒やしていたというエピソードを知って、驚きました。幕末維新博では、しっかりと佐賀の歴史を学んでこようと思います。本日はありがとうございました。

【授業を聞いて・みんなの感想】

2年・長野夏実さん 自分の中での佐賀の印象が変わった。私たちは、佐賀にはどんな特徴があるかを聞かれても、すぐには答えられない人が多いと思う。でも、話を聞いていくうちに、佐賀は歴史上の重要な場所だったのだと思った。これからも、歴史的な人物を陰で支えた「武雄温泉」がある佐賀を、自分の故郷として誇りにしていきたい。

1年・末藤優太さん 授業を聞く前に記事を読んでいたが、詳しい話を聞くことができて、いろんなことが分かった。特に、佐賀藩が長崎の港を警備していて、外国の船が侵入してきたことにすぐには気付かず、責任を取って切腹した人がいたということには驚いた。維新博を見学に行ったら、記者さんの話よりもさらに詳しいことが分かるといいなと思った。


【さが維新塾特設ウェブサイトに収録 おすすめワークシートを紹介】

今年の漢字を出し合おう!(2018年12月13日付)

 2018年の世相を1字で表す「今年の漢字」。日本漢字能力検定協会が毎年発表している今年の漢字は「災」に決まりました。学活の時間などでこの記事をもとに、自分自身やクラスの「今年の漢字」をそれぞれが出し合ったり、今年1年を振り返るとともに、新しい年に向けての期待や希望に思いをめぐらせることができるようにと考えました。(多久島文樹NIE推進デスク)

ワークシートのダウンロードはこちらから↓
「さが維新塾」の特設ウェブサイト http://www.saga-s.co.jp/sagaishinjuku.html

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【問い合わせ】
佐賀新聞社営業局アド・クリエート部
電話 0952(28)2195(平日9:30~17:30)
 

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