庭の水仙が盛りである。冬の寒さに耐え、凛(りん)とした立ち姿で香り立つ水仙の花と言えば美智子皇后の「黄色い水仙」を思い出す◆あの阪神・淡路大震災。発生から2週間後の1995年1月31日、甚大な被害を受けた神戸・長田区の崩壊跡地を見舞われた天皇皇后両陛下。天皇のそばを歩く皇后さまの手には水仙の花束。この日、皇后さまは皇居に咲いていた17本を手折り、現場を訪れ、手向けられたのだ◆天災、人災の分け隔てなく被災者に寄せる両陛下の慈悲のお気持ち。あの水仙はエバーフラワーとしてあの時のまま。今も“1・17希望の花”として神戸市内の「香りの庭園」に展示され、いつも市民を勇気づけている◆被災地にはこのような“震災モニュメント”がいろいろある。例えば西宮市立高木小学校の「復興の鐘」。震災から半年後の7月17日、子どもたちや教師だけでなく地域の人、ここで避難生活をしていた人たちが見守る中、除幕式が行われた。以来、毎年1月17日に児童と地域の人たちが、この鐘のひもを引く◆カーン、カーン…。鐘を鳴らすのは決まって五つ。震災で犠牲となった児童5人への呼びかけと慰霊である。阪神・淡路の各地で同じような祈りの行事が続けられていることを誰もが知っておきたい。歳月は早いもので、あの日からきょうで24年になる。(賢)

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