東日本大震災で犠牲になった当時の小学生が、きょう初めての「成人の日」を迎えた。本当は式典に出席するはずだった息子のためにスーツを仕立てたというニュースに、子どもを亡くした親の切ない心情を思う。どんな晴れ姿であったろうかと◆いろいろな事情で晴れの日を迎えられなかった人がいる。式典で暴れたりする若者がいるが、成人式が人ごとのように通り過ぎていった自分の当時を思い出すと、出席できていることがうらやましいと思うこともある◆「独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」。京都の大学で学生生活を送っていた高野悦子さんが50年前の1969年1月15日の「成人の日」に日記に書いた。その後、自ら命を絶った彼女が残した日記は『二十歳の原点』として出版された。父親は娘の死に「あふれる涙をどうすることもできませんでした」と振り返っている◆今では考えられないほど学生運動が盛んだった時代。自分とは何か、生きるとはどういう意味か。「私は慣らされる人間ではなく、創造する人間になりたい。『高野悦子』自身になりたい」。自らを問う彼女のメッセージは痛々しい◆人生に一度しかない「成人の日」。「独りであり、未熟である」自分を大切に生きて、新しい時代へと羽ばたいてほしい。成人、おめでとう。(丸)

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