カフェのっちの愛犬ギンと幸せショット

 年末の大忙しが過ぎ去り、年が明けると気が抜けたように青空を見上げることが多くなった。薪(まき)ストーブの静かな炎をじっと見入ることもある。

 その多忙な年末のクリスマスにとある教会を訪ね、心に残る邂逅(かいこう)があった。その牧師さんは、クリスマスは果たして喜びの日かと題して、この今の世界が本当の喜びのある世界であるのかを話された。

 彼がかつて共に座り込みをしたカネミ油症事件で出会った方の言葉は心揺さぶるものだった。嫁入り直前の娘を含め家族全員が病にかかり、一時は原告団の先頭に立つが、言葉で表せない経験の末に、賠償の請求ではなく、自分の体を自分のものと思っていることとの闘いなのだと、企業を責めず許し、自分も企業と同じなのだという境地に着く。メモを取る字がにじみすぎて、胸で受け止めるのが精いっぱいだった。人はいったい何のために生きているのか、今年もこのことをそっと胸にしまって暮らしていく。

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