12月末に閉鎖する九州グリコの佐賀工場=佐賀市神園

九州グリコの干貝博彦社長

佐賀グリコ乳業の日野正弘社長

 設備の老朽化と生産拠点集約のため、今月31日に工場を閉鎖し、解散手続きに入る九州グリコ(佐賀市神園)。江崎グリコ(大阪市)の子会社で、1953年から菓子を製造し、創業者の江崎利一(1882~1980年)が生まれた佐賀市にある工場として地域に根ざしてきた。九州グリコの干貝博彦社長(52)と、一部従業員を引き継ぐ佐賀グリコ乳業(佐賀市大和町)の日野正弘社長(59)に思いを聞いた。

■パート100人再就職支援 九州グリコ社長

 -65年の歴史に幕を閉じるが、どんな思いか。

 干貝 創業者の生誕地にある工場で、佐賀の人が多く働いてきた。地元雇用に貢献してきただけでなく、幅広い世代から愛されてきただけに、つらい決断だった。

 -江崎グリコの九州工場として53年に操業を開始し、01年に分社化された。どんな製品を作ってきたのか。

 干貝 当初は栄養菓子「グリコ」の製造工場として開設され、全国に商品を供給してきた。アーモンドチョコレートやアイスクリームを作っていた時期もあり、近年の主力商品としては03年からガムの「ポスカ」、08年からはチーズスナック「チーザ」を生産してきた。一時は国内のみならず北米などの海外にも出荷していた。この二つの商品は廃止にするのではなく、鳥取県にあるグループ工場などが製造を引き継ぐ。

 -閉鎖に至った理由を教えてほしい。

 干貝 原因の一つは稼ぎ頭だったガムの需要が減ったこと。若者を中心にガムをかむ文化がなくなったことが影響し、市場全体が縮小した。人気がありブームにもなった「キスミント」の生産終了も痛手だった。九州グリコの18年3月期の売上高は約10億円で、ピーク時の9年前の半分となっていた。ガムやチョコレートなど7品目の生産ラインが老朽化していた。グリコグループが全体として「選択と集中」を打ち出し、(関東圏などの)大都市圏に生産を集約していく動きも影響した。

■家族と思い受け入れる 佐賀グリコ乳業社長

 -従業員153人の処遇はどうなるのか。約3万平方メートルの工場跡地の利用についても教えてほしい。

 干貝 24日に最後の出荷を予定している。従業員は12日時点で正社員と嘱託社員を合わせ48人。このうち約4割は佐賀グリコ乳業へ移る。全国のグループ会社に転籍する社員もいる。契約社員、パート約100人には慰労金を支給し、再就職の支援を行っている。解散手続きに入るが、跡地利用は、まだ何も決まっていない。

 日野 グループ企業の社員は全て家族と思って受け入れたい。従業員の働きがい、誇りや連帯感を大切にしていく。菓子から牛乳・乳製品へと、これまでの仕事内容と違ってくるが、食品製造という共通点があり、「食品による国民の体位向上」というグリコが大切にしている精神は同じだ。これから佐賀グリコ乳業は中国、四国、九州のエリア内で、牛乳やプリンなどを製造する中核拠点になる。設備増強にも力を入れ、敷地内にオフィスなどが入る建物を新しく建設中だ。佐賀に根ざして地域で雇用を生み出し、全国に商品を供給したい。

このエントリーをはてなブックマークに追加