唐船城や有田氏を紹介したガイドブック『唐船城散策あんない』(無料)

 11月25日、唐船城築城800年記念事業の実施期間が終了した。クライマックスの、11月11日の記念式典も大盛況。一連の事業を通じ、改めて有田の成り立ちを振り返る絶好の機会となった。

 唐船城は、平安末期から有田郷を治めた有田氏によって、通説では建保6(1218)年に築かれたという。有田氏は、松浦氏の一族で、第52代嵯峨天皇の流れをくむ嵯峨源氏に連なる。延久元(1069)年に荘園管理のため現在の大阪市から松浦市の今福に下向した源久みなもとのひさしは、松浦を名乗って勢力を拡大。その後、48党53家と称されるほど多くに分派、松浦地方一帯で勢力を誇った。

 ただ、有田氏はうまく男子が続かなかったためか、すでに3代目重あつしの娘婿として今福の松浦宗家から4代目給そのうを迎えている。また、その後室町時代から約200年もの間、佐世保市に拠点を移した松浦宗家自体が有田郷も兼領するようになり、有田の名字も途絶えたのである。

 戦国時代には、松浦一族の結束も大きく揺らぎ、争いも頻発した。松浦宗家も平戸松浦家の手に落ち、唐船城の家臣団は、一旦は宗家の継嗣となっていた盛さこうを島原の有馬家から迎えて有田の名を再興した上で、宗家奪還の戦いを仕掛けるも大敗。その後、天正5(1577)年には龍造寺氏に降伏し、その一族が有田氏を継承したため、松浦氏一族としての有田氏の家系はついえたのである。

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