鍋島直正の言葉や手紙を読み解きながら、佐賀藩の立場から見た幕末について話す富田紘次さん=佐賀市のホテルニューオータニ佐賀

 大手企業の県内支社長や支店長らでつくる「ブランチ佐賀さかえ会」(座長・中尾清一郎佐賀新聞社社長)の例会が21日、佐賀市のホテルニューオータニ佐賀で開かれた。鍋島報效会徴古館主任学芸員の富田紘次さんが佐賀藩10代藩主・鍋島直正の言葉や直筆の手紙を読み解きながら、藩の立場から見た幕末期について解説した。

 富田さんは、直正の国際化に対する考え方がうかがい知れるさまざまな資料を紹介。そのうち、佐賀藩が鎖国時代に担当した「長崎警備」に関して、直正が「万一、自分が外国に何か不行き届きをした場合、自分のふつつかは日本のふつつかとなる」という心構えだったことを挙げた上で、「警備は徳川家からの指示とはいえ、外国に対しては鍋島家が日本の顔であるという国防意識が見て取れる」と述べた。

 幕末・維新期の中央政局に積極的に出て行こうとしなかった直正の考えが分かる慶応2(1866)年の資料について「『外様大名の立場で国政に関わるべきではない』と自制心を働かせている。明治維新の目前まで、こうした態度を守り抜こうとしたため、佐賀藩が何を考えているのか分からないという定評が全国的に広まった」と語った。

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