志田林三郎が妻に贈った腕輪(多久市郷土資料館蔵)

 多久市東多久町出身で、日本初の電気工学者となった志田林三郎(1855~1892)。

 林三郎は工部大学校を首席で卒業後、80年、国費留学生として英国グラスゴー大学へ留学します。留学中、グラスゴー大学全体でその年の最優秀論文に送られる「クレランド金賞」を受賞するなど優秀な成績を収めました。

 留学を終え、83年に林三郎は帰国します。実り多い時間を過ごした林三郎が持ち帰ったものは、意外にも女性のブレスレットでした。林三郎がグラスゴーで購入したとされる、婚約者へのお土産です。

 林三郎が妻トミと結婚したのは、帰国した翌年のことでした。留学前に婚約し、帰国後落ち着いてから結婚したと考えられます。林三郎は愛妻家だったらしく、多忙な中でもトランプを楽しんだり、ともに旅行したりしていました。ふたりは5人の子どもに恵まれましたが、92年、林三郎は36歳の若さで亡くなりました。トミのおなかには末娘がいましたが、誕生を見届けることはできませんでした。

 唐津市出身の建築家辰野金吾はじめ友人たちは、遺族への援助を惜しみませんでした。しかし夫亡き後苦労を重ねたトミは1901年、34歳という若さでこの世を去りました。

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