鳥栖市役所を訪れ、市民から祝福を受ける権藤博監督=平成10年11月10日、鳥栖市

 38年ぶりにプロ野球日本シリーズを制した横浜ベイスターズの権藤博監督=当時(59)=がふるさと鳥栖市を訪れ、「日本一」を報告した。鳥栖市役所では市職員や地元園児ら約200人が温かい拍手で出迎えた。

 当時の山下英雄市長がシーズンの労をねぎらい、「大変なオフですね」と話しかけると、権藤監督は「忙しいのがいい。勝ったんだという実感がわいてきます」と笑顔を見せた。母校の鳥栖高でも優勝報告会が行われ、後輩たちに「目標をしっかり持ち、努力を続けてください」とアドバイスした。

 監督就任1年目の快挙。登板過多で選手生命を縮めた自らの経験を踏まえ、他チームのコーチ時代から投手分業制を進めてきた権藤監督は、横浜でも絶対的守護神の佐々木主浩投手らを擁し、“勝利の方程式”を築いた。攻撃もシーズンを通して「マシンガン打線」が火を噴いた。

 この年の12月には鳥栖市から市民栄誉賞が贈られた。翌1999(平成11)年4月には「日本一」の記念碑が鳥栖市民球場横に完成。「運 無理せず、急がず、はみ出さず 自分らしく淡々と」と権藤監督の好きな言葉が刻まれた。

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