樹齢600年の見事な松が目印の南里山多聞院

千之助が合祀されている小出家累代之墓。昨年小出千之助の石標が建てられた

 川副町南里の浄土宗の寺院である南里山多聞院に、佐賀藩の英学の祖と仰がれる小出千之助(天保3年~明治元年)の墓がある。

 「小出家累代之墓は西川副尋常小学校の校長を長年務めた小出光多さんが昭和2年に建てたものです。先月20日には遠く北海道や千葉、福岡、佐賀在住の縁者の方々による千之助の151回忌の法要が行われました」と住職の馬渡幸隆さん。

 千之助は藩校弘道館蘭学寮に学び、蘭語の達人として頭角を現した。幕府の遣米使節団の一員となり米国を訪問後に世界を一周し、「もはや世界に通じるのは蘭学ではなく英学である」とその重要性を説いた。パリ万博では佐賀藩の産物を紹介するなど、藩の国益にも大きく貢献している。

 帰国後は佐賀藩英学校の学頭に任命され、さらなる活躍が期待されていた千之助だが落馬事故により急逝。37年の人生の中で大きな足跡を残し、激動の幕末を駆け抜けた千之助の早すぎる死が惜しまれる。

 

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