少年野球教室で指導するダイエーホークス選手時代の藤井将雄さん=平成11年12月、唐津市の湊中

 プロ野球・ダイエーホークス(現ソフトバンクホークス)の投手として活躍し、肺がんのため31歳の若さで死去した藤井将雄投手(唐津商高出身)の葬儀が、唐津市内でしめやかに営まれた。王貞治監督(当時)ら球団関係者や約2000人のファンが別れを告げた。

 藤井投手は湊中-唐津商高から日産自動車九州を経て1994年にダイエーに入団。がんが発覚した99年には当時のパ・リーグ最多ホールド記録を樹立し、リーグ優勝と日本一に貢献。翌年、「炎のストッパー」と称された右の中継ぎエースはチームのリーグ2連覇を見届けた6日後にこの世を去った。

 球団は2005年に藤井投手の名前を刻んだ優勝旗を唐津市に寄贈。記念少年野球大会や野球教室を開き、藤井投手の遺志を継いできた。ヤフオクドームの15番通路は藤井投手の背番号15にちなんで「藤井ゲート」と呼ばれ、記念プレートと本人が残した最後のメッセージが刻まれている。18年たった現在、「15」を着けた選手はいない。(新元号まであと197日)

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