目達原駐屯地を離着陸する陸上自衛隊のヘリ。ヘリの奥の方には墜落現場がある=神埼郡吉野ヶ里町の陸上自衛隊目達原駐屯地

 ※15日から新聞週間。自衛隊ヘリ墜落事故、西日本豪雨、玄海原発再稼働などの取材現場で、記者はそれぞれの課題や問題とどう向き合い、何を考え、どう報じてきたか。伝えてきたことを振り返りながら、今後の伝え方や地元紙としての役割を考える。

 「人数や内容は非公開とさせていただきます」-。防衛省からの返事は完全非公開という内容だった。2月、神埼市千代田町の民家に陸上自衛隊目達原駐屯地(神埼郡吉野ヶ里町)のヘリコプターが墜落し、隊員2人が死亡、女児1人がけがを負った事故。駐屯地での隊員2人の部隊葬送式には防衛省関係者らが参列、しめやかに執り行われた。

 寒風の中、報道陣は脚立に立ち、柵越しに駐屯地の中の様子をうかがおうとする。ただ、何がどのように進んでいるのか分からない。「どんな様子でしたか」「どのくらいの人数がいましたか」。出てきた参列者から集めた情報を基に記事をまとめた。

 「国防」という高い機密性が求められる部署が絡んだ事故なので、簡単に情報は出てこないと覚悟はしていた。「それに関しては公表していない」「言えない」。防衛省や自衛隊の担当者から何度も同じ返事を聞かされた。事故から8カ月、柵越しの部隊葬取材と同様、見えない壁に阻まれながら本筋に迫る取材にもどかしさを感じ続けている。

 事故当時、ヘリのコックピットで何が起きていたのか、事故原因を探る調査と刑事責任の有無を調べる捜査はどう進めるのか、駐屯地開設以来の大事故は地元自治体や住民と自衛隊との関係に何か影響を及ぼすのか。複数の記者で取材班を組み、地元住民の声はもちろん、元自衛隊パイロットの証言、識者の分析など幅広く集めて多角的に事故を見つめた。

 「読者のニーズに合った情報を示せているのか」。そう自問しながら、墜落現場に足を運ぶ。「伝えてくれることに意味がある」。現場のそばに住む80代女性が、庭先で作業をしながら話してくれた。

 発生直後、県内外から報道陣が殺到し、連日大々的に伝えられた。それが2カ月、3カ月、半年と経過する中、報道陣の車、自衛隊車両がずらりと並んだ農道は事故前の姿に戻っている。「もうそんなに経(た)ったとね」「そんなこともあったね」。取材を重ねるごとに事故の記憶が薄れているとの実感が深くなっている。

 「忘れることはあっちゃいかん。あの時起きたことをしっかりと子どもたちに伝えていかないと」。庭先で話を聞いた女性の言葉が胸に深く刺さった。

 防衛省が5月末に「ボルトの破断が事故を引き起こした」と中間報告で発表して以降、目立った情報は出てきていない。駐屯地がある吉野ヶ里町からは事故前と変わらず「共存共栄」の声が聞こえる。だが事故によって“基地のまち”につきまとう危険性が突きつけられたのは間違いない。事故原因の究明や再発防止策などにとどまらず、駐屯地との向き合い方などの問題提起が必要だと感じている。女性の言葉を胸に風化にあらがっていきたい。

【新聞週間標語】 真実と 人に寄り添う 記事がある

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