江島政樹さん(右)とともにトマトの苗を手入れするアブドゥル・ムーフィさん=佐賀市川副町

諸石洋平さん(左)と一緒にレンコンを収穫するウティス・トリスワントさん=杵島郡白石町

 東南アジア諸国連合(ASEAN)の農業青年が日本の農業技術や経営を習得しようと、佐賀県内で研修している。日本の政府開発援助(ODA)の一環となる「アジア農業青年人材育成事業」として、国際農業者交流協会が実施している。県内での受け入れは昨年度から始まり、今年はインドネシアの若者2人が1年間学ぶ。佐賀市と杵島郡白石町でそれぞれ4月から農家に住み込み、農業のスタイルの違いや日本の文化に戸惑いながらも、自国の農業発展につながる技術を身につけようと奮闘している。受け入れ農家はともに県国際農友会の会員で、自身も海外研修の経験がある。異国で学ぶ若者を当時の自分と重ね合わせるように温かく、時に厳しく見守っている。

〈甘いトマトを母国でも〉

アブドゥル・ムーフィさん(22)佐賀市

 「インドネシアのトマトは酸っぱいけど、日本のトマトは甘くておいしい」。佐賀市川副町で研修中のアブドゥル・ムーフィさん(22)の言葉には実感がこもる。

 父と一緒にトマトや唐辛子、カカオを栽培している。米農家が多いインドネシアではトマト農家は珍しいといい、日本の進んだ技術を学ぼうと来日。受け入れ先の江島政樹さん(39)は、川副町特産「光樹とまと」部会の部会長だ。

 光樹とまとはサンロードという品種で、濃厚なうま味と甘さがあって全国的な評価も高い。ただ、水管理や冬場の温度管理は繊細さが必要で、栽培が難しいのが特徴だ。ムーフィさんは6月までは前年作の収穫を手伝い、その後は育苗や10月後半から始まる定植に向けた準備を進めている。ハウス内の数本は完全に管理を任されており、「朝は曇りで昼は晴れたら、どのくらい水をやったらいいのか難しい」と頭を悩ませながら試行錯誤している。

 「当時自分もお世話になったし、何かしら貢献できたら」。同じ22歳の時に1年間スイスに渡った江島さんは、昨年に続いて研修生を受け入れている。「違う文化に触れるのは楽しい。人に教えることで改めて自分の仕事を見直す機会にもなっている」と話す。

 休日は市中心部の大型商業施設に自転車で出掛けるのが楽しみというムーフィさん。地元の秋祭りの浮立を勉強して日本文化にも溶け込んでいる。来年、母国の農業フェスティバルで今回学んだ成果を発表することが目標。将来は「インドネシアで“お父さん”(江島さん)のような甘いトマトを作りたい」

〈効率考えレンコン栽培〉

ウティス・トリスワントさん(23)白石町

 「日本の農業技術や文化を勉強したい」と意気込んで来日したウティス・トリスワントさん(23)。白石町での半年間の研修は戸惑いの連続だった。

 インドネシアで両親と米やトウモロコシを栽培しており、将来の規模拡大を見据えて日本では野菜農家での研修を希望した。来日後の面接で決まった受け入れ先は、これまで見たことも食べたこともなかったレンコンの農家だった。

 胴長を着て水につかる独特の農作業スタイル。4月の来日後には早速、植え付けを体験した。「レンコンを植えるのは機械だと思っていた。手作業でびっくり」とトリスワントさん。慣れない作業に「初めてのことばかりで大変。泥を落とすのに指も痛くて:」。

 穏やかで真面目な性格。受け入れ農家の諸石洋平さん(45)によると、当初は積極性に物足りなさもあったが、少しずつ変化も表れてきたという。以前は仕事が始まる時間に作業場に来ていたのが、今では10~15分前に来て当日の仕事の段取りを聞き、準備をする。「効率よく仕事をすることは何にでも通じる。細かいところまでは言葉でなかなか伝えられないので、見て覚えてほしい」と諸石さん。米国で2年間施設園芸を学んだ経験を振り返り、「自分が主体で農業をするようになった時に思い出すこともある」と話す。

 日本での生活で最も印象に残っているのは夏祭りで見た花火。帰国後は「キュウリやトマト、大豆も作りたい」と抱負を語るトリスワントさんは、レンコン栽培の傍ら、諸石さんの畑の一角を借りて豆の栽培にも挑戦中だ。

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